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キャプテンコージの世界一周旅日記

赤道デート

エクアドル バーニョス、オタバロ、キト

地図ついに日本から恋人のくみがやってきた。スペインで別れて以来、3ヶ月ぶりの再会だ。マドリッド空港で見送ったくみがキト空港に現れた。なんだか変な気分だ。

アパートに着いた時は既に夜の11時を回っていたのだが、その日に限ってたくさんの人がリビングに残っていた。というよりむしろコージの彼女がやってくるというので、皆揃って待っていたようだった。早速マックスファミリーやエコ・トラッカーズの生徒達に紹介した。くみにとって初めての経験だったであろう、ほっぺにキスをし合う挨拶も、意外にすんなりこなしていた。(実はタクシーの中で説明しておいたのだが)その日は日本から丸1日の移動で疲れていたはずだが、明け方まで話は尽きなかった。

次の日はゆっくり昼過ぎまで寝て、アパートでくつろいでから俺が毎日多くの時間を過ごしている学校、エコ・トラッカーズへ。「ここがいつも俺が授業を受けているテラスで、ここのカウンターでいつもコーヒーを飲んでいて、ここがいつも・・・」地球の裏側、日本とは全く違う世界のここエクアドルで、俺がどんな生活をしているのかを知ってもらうことが嬉しくて仕方がなかった。

夕方学校でエヴァとフレッド(エヴァのボーイフレンドで、2週間程前にオランダからキトにやってきた)と待ち合わせをして旧市街に行った。実は一歩裏道に入ると恐ろしく治安の悪くなる旧市街だが、表通りから見る世界遺産の街並みは素晴らしい。スペイン統治時代からそのままの姿で残る教会などを観光して歩く。時々俺に助けを求めてくるものの、頑張って英語でエヴァ達と話をしようとするくみの姿が微笑ましかった。

次の朝は早起きして、キトからバスで南に3時間半の街、バーニョスへ向かった。エクアドルのバスは、俺にとってはすっかり普通のことになってしまっていたのだが、くみにとっては驚きの連続だったようだ。バスの中に乗り込んで来てはまた降りていくジュースやお菓子や日用品などの売り子達、訳の分からない演説を大声でしてお金を集めようとするおじさん、客の荷物をバスの屋根に上ってくくり付けている間にバスが走り出し、スピードを緩めたタイミングで下りてダッシュで乗り込んでくるバスボーイ、カーブだらけの山道でも構わず対抗車線を猛スピードで走って追い抜きをかけるバス、、、。

バーニョスは山に囲まれた盆地にある温泉地(スペイン語でバーニョスとは温泉の意味)であり、とても美しい街だ。昼食を取り、街を散歩した後に俺たちは水着を下に着込み、ビーチサンダルを履いて”El Vergin”という温泉に向かった。

メインの温泉のはずだが、地図で調べた方向に行ってもなかなかそれらしき看板も出てこない。途中道端で地元の人に方向を聞いて確かめながら進む。そのうち道は山を登り始めた。途中から随分と急な斜面になってきた。こんな高いところにある温泉に、皆はわざわざ登って行くのだろうか。とてもビーチサンダルで歩くような斜面ではない。まだ高地に慣れていないくみは完全に疲れ果てている。

そして1時間以上もかけてようやく登りついたところは、温泉と同じ”El Vergin”という展望台だった。こんな小さな街で同じ名前なんか使うな!だが、偶然訪れることになったその展望台からの眺めは、バーニョスの街を一望にし、その向こうに緑の美しい山々が連なっているという素晴らしい景色だった。

バーニョスでの2日目は、マウンテンバイクを借りてサイクリングだ。バーニョスから約20km離れたサンペドロという村に住むアンナとヤン(アンナのボーイフレンド)を訪ねるのが目的だ。谷底を流れるRio Verde川に沿って走るサイクリングは、時折すれ違うバスが起こすもの凄い砂煙を除いてはとても気持ちがいいものだった。いくつもの滝が山から川に流れ落ちている。そして見渡す限り山が延々と連なり、その緑は濃い。

写真2時間ほど走ると、谷を越えるゴンドラが現れた。このゴンドラで渡った先がサンペドロ村だ。管理人にマウンテンバイクを預かってもらい、ゴンドラに乗った。どうせトロトロ進むんだろうと思っていたゴンドラは急発進し、想像をはるかに越えるスピードで谷を越え、あっという間に向かいの山に着いた。確実に、後楽園のジェットコースターよりもスリリングだった。

サンペドロはとてもかわいらしい小さな村だった。住民はたったの6世帯だけ。アンナとヤンの家はすぐに見つかった。彼らは2週間程前にキトからここに移り、彼らの家と旅行者用のキャビンをいくつかと周辺の畑を借りて住んでいる。畑で野菜を栽培し、キャビンを経営しながら生活するというのだ。旅行者用のキャビンと言っても、この2週間で訪れたのはエヴァとフレッドに続いて俺達が2組目だと言う。突然の訪問を彼らはとても喜んでくれた。

次の日バーニョスを去った俺達は、キトを経由してさらに北に2時間の、オタバロという村へ向かった。天気の悪い時期だったのだが、その日は雲一つない晴天で、途中コトパクシやカヤンベなど、いくつかの5~6000m級の山々をはっきりと見ることができた。真っ白な頂から稜線が緩やかに流れるコトパクシは本当に美しい。その姿は富士山にそっくりで、「エクアドル富士」とも形容されることもあるが、それは世界最高峰の活火山に対して失礼だ。富士山こそ、「日本のコトパクシ」と言うべきだろう。

写真オタバロでは、3年前の俺の誕生日をカルロス、サンドラと過ごした思い出の宿、”La Luna”に泊まった。それはオタバロの街から4km程登った山の中腹にあり、綺麗に手入れされた庭からの眺めはまさに絵葉書のよう。俺の中では世界一のロケーションの宿だ。ロッジ風の建物の外にかけられたハンモックに揺られながら景色を眺める。遠くにはカヤンベの山頂が見える。庭では8匹の赤ちゃん犬を含めた12、3匹の犬が遊んでいる。夜は部屋の暖炉で薪を炊いた。その炎をくみと眺めながらたまに言葉を交わす。最高にロマンチックな時間だった。

オタバロ族の手工芸品は世界的に有名で、土曜日と水曜日に広場で開かれるマーケットは多くの観光客で賑わう。2日目は水曜日で、俺たちは気合を入れて朝からマーケットへ出かけた。30m四方程のポンチョプラザは、色とりどりの布やカーペット、ハンモックを吊るした店、かわいらしい模様のセーターやポンチョを並べた店、アンデス情緒たっぷりのアクセサリーや雑貨を広げた店などで埋め尽くされ、その間を多くの観光客が行き交っている。

二人でやる買付は楽しかった。作戦のバリエーションも普段よりぐっと広がる。

『これいくら?』
『12ドルだよ』
(くみに向かって)「よし、半額を目標にするか」
「そうね」
『セニョール、俺の彼女がそれは高すぎるってさ』
『じゃあ10ドルでいいよ』
「くみ、首を横に振ってみて」
くみが首を振る。
『まだダメみたいだよ』
『じゃあ彼女はいくらにして欲しいんだい?』
「くみ、何かしゃべって」
「お腹すいたー」
『セニョール、彼女は5ドルじゃないと買わないってさ』
『そりゃ厳しいな、8ドルでどうだい?』
「くみ、笑顔でおじさんに6ドルでお願いって言ってごらん」
(くみがあらかじめ教えておいたスペイン語で)『6ドル、ポルファボール!』
『まったく、あんたの彼女にはかなわないな、もう6ドルでいいよ』

こんな具合だ。俺達は夕方近くまで買付を楽しんだ。

次の日キトに帰る途中、赤道に立ち寄った。まさに赤道のラインの上にモニュメントがあり、その中は博物館になっている。是非くみにサンサ(ジャングルに住むインディヘナの部族が、敵を殺した後にその首を切り取り、特殊な方法で煮たり乾燥させたりなどの手順を経て、約8分の1程の大きさにした本物の人間の首。目と口は糸で縫って塞いであるが、その他の部分はほぼ原型を留めている。彼らはつい60年程前まで実際にこれを行っていた。髪の毛や髭などは今でも少しずつ伸び続けている!)を見せたかったのだが、残念ながらその博物館には置いていなかった。ちなみに、赤道のラインは黄色である。

キトに着いてから、カルロスとサンドラのマンションに行って、一緒に夕食を食べた。7年前に二人が日本に遊びに来たときにもくみと四人で食事をしたことがあったのだが、それ以来の再会に彼らはとても興奮していた。

楽しい日々は瞬く間に過ぎ、くみが日本に帰る日がやってきた。家族や友達へのお土産を買い、パッキングをした後はもう何もすることがなく、ゆっくりアパートで過ごした。だが残りの時間、何かもっと話しておかないとと思って妙に気持ちが焦る。空港にも早めに行ったのだが、ロビーに座って話をしていても、言葉では表せない心のざわめきのようなものを感じる。もう、この後半年も会えない。。。

くみを見送ってからアパートに帰ると、リビングでエヴァとフレッドが待っていてくれた。エヴァが「寂しくてたまらないんでしょー!」と言って来た笑顔に少し救われた気がした。しばらく二人と話してから部屋のベッドに入った。窓の外、くみが乗った飛行機が飛んでいくのが見えた。