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キャプテンコージの世界一周旅日記

アメリカン・ライフ

地図アメリカ アメリカ フロリダ、ニューヨーク

アメリカ。日本人にとって好き嫌いも激しく、縁の深い国だ。はっきり言って俺はアメリカという国が嫌いだし、アメリカ人も嫌いだ。世界のリーダーを気取り、世界の警察と勝手に謳ってやりたい放題。そんなアメリカがナンバー1だと信じて疑わないアメリカ人もまたむかつく。チップの文化も嫌いだし、飯もまずい。人々のマナーは悪いし、人種差別もひどい。

だが、そんなアメリカでの生活は快適で、楽しいものだった。俺が住んでいたのはフロリダ州のタンパ・ベイにある、メキシコ湾に面した静かな街だった。会社が用意してくれたプールやスポーツジム付きのゴージャスなアパートメントに住み、ポンティアックの真っ赤なスポーツカーで通勤していた。

写真仕事には残業がほとんどなかったため、毎日5時からたっぷり遊ぶことができた。その頃フロリダでの日没は夜の9時頃だったために、夕方からテニスをしたりプールで泳いだりもしていた。実に優雅な生活だった。

夜はよく近所のプールバーでビールを飲みながら玉突きをしていた。ある日、日本人の同僚と少し遠くのパブまで遠征したことがあった。パブではいつもビリヤードの勝ち抜き大会をやっている。ゲームをして勝った方が残る。次の挑戦者がゲーム代を払ってその勝者に挑戦する。そしてまた勝った方が残り、次の挑戦を受ける。それが万国共通のルールだ。

その時はちょうどダブルスをやっていたので、俺達も順番を待って挑戦した。初戦は圧勝だった。気分良く次の挑戦を受ける。また勝利。次も勝利。その日俺達は調子がいい上に運も味方しているようだった。

写真だが俺達が勝ち抜く毎に、パブに異様な空気が漂い始めた。「おい、誰かあの調子に乗っているジャップを何とかしろよ」「よし、俺が負かしてやるぜ」そんな雰囲気が場を包み、いつしか挑戦待ちを意味する1ドルコインはテーブルにずらっと並び、周りには大勢の見物人が集まってきていた。

やばいなと思いつつも、いざ勝負となったら負けたくはない。勝つ度にちょっとびびながらハイタッチを交わす俺達とは逆に、空気はより殺気立って来る。負けた奴等は俺達と握手もしない。それでも俺達の防衛は続き、10回目くらいの挑戦で負けた。ようやく場の空気が少し和んだ。俺達はそのまま逃げるようにパブを出た。

タンパにはメジャーリーグのチームがあり、会社は年間契約のボックスシートを持っていた。新庄のいたメッツが来たときは、上司がボックスシートのチケットを日本人スタッフにくれた。スタジアムの最上階、酒や軽い食事もオールフリーのガラス張りの個室で贅沢に観戦した。

だが、イチローと佐々木がいたマリナーズが来たときには、チケットを貰うことができなかった。さすがに新庄とは違い、アメリカ人の上司達も見たい試合だったのだろう。俺は他の日本人スタッフと共に、アウェイである3塁側の席を陣取った。そこはタンパ・ベイの日本人が全員集合したかのような賑わいだった。その日出番のなかった佐々木はよく俺達のところにサボりに来ていた。

写真

週末には近所のクリアウォータービーチに海水浴に行ったり、オーランドのアウトレットに買い物に行ったり、タンパのダウンタウンに遊びに行ったりしていた。よく遠出もした。4時間も走れば、東海岸のデイトナやマイアミまで行くことができる。マイアミからさらに足を伸ばしてキーウエストまで行ったこともあった。透き通る海の上、島と島とを繋ぐ橋を走るのはいい気分だった。

ニューヨークにもよく飛行機で遊びに行った。俺の拠点はタイムズ・スクエアから地下鉄で数駅、チェルシー地区という好立地にある先輩のアパートだった。そこからはマンハッタンのどこへでも気軽に遊びに行くことができた。

写真ジャズの老舗ビレッジバンガードでは、プレイヤーの息遣いまでもが聞こえてきてくるほどの距離で演奏を聞くことができた。オフ・ブロードウェイで見るパフォーマンスは新鮮で楽しかった。夜はよくクラブに行った。俺の好きな音を求めれば自然と黒人だらけのクラブになってしまい、一見物凄く恐ろしいのだが、入ってしまえば最高のノリだった。

ニューヨークで最も俺がはまったもの。それはゴスペルだった。ゴスペルの箱はライブハウスやクラブではない。教会だ。日曜の朝、ハーレムではあちこちの教会でミサをやっている。一つの教会に入ってみる。中では正装した黒人の信者達が牧師さんの説教を聞いている。子供までタキシードを着ていたりするのがまたいい感じだ。

牧師さんの説教が次第に熱を帯びてくる。信者達はその声に引き込まれていく。牧師さんが「なんとかかんとかぁ!」と叫ぶ。信者達が「そうだそうだぁ!」と言う。牧師さんが「ジーザァス!」と叫ぶ。信者達も「ジーザス!」と言う。何度目かの「ジーザァス!」で、そろりとオルガンの音が加わる。また「ジーザァス!」と叫ぶ。次はドラムが入る。また「ジーザァス!」

写真いつの間にか牧師さんの横には太った女の人達が並び、コーラスを始める。ドラムがリズムを刻み、オルガンがコードを取る。牧師さんやコーラス達は体を揺らしながら、物凄い太い伸びやかな声で歌う。

信者達もぱらぱらと立ち上がり、手拍子を始める。一緒に歌いだす。両手を天に掲げる。足を踏む。ゆらゆらと踊り出す。そして気が付けば一人残らず立ち上がり、皆ノリノリで歌い踊りまくっているのだ。俺のようなただの見物人も一緒に踊る。正直、本当のゴスペルの宗教的な意味だとかルーツなどは分からなかったのだが、俺はすっかりゴスペルに魅了された。

フロリダの仕事が終わり、日本に帰ることになった。せっかくだから少し休みを取って、どこか旅行をしてから帰ろう。キューバにも行っておきたいし、インドで出会ったカルロス達のいるエクアドルにも行きたい。ニューヨークで思いっきり遊ぶというのも捨てがたい。うまくすれば中南米をさくっと旅行した後にニューヨークにも寄れるかもしれないな。。。

と、俺は旅のプランを練っていた。2001年の夏の終わり、ニューヨークで同時多発テロが起こる、2週間ほど前のことだった。

(写真上左:住んでいたアパート 上右:大魔神 中左:クリアウォータービーチ 中中:キーウエストへ行く橋から 中右:キーウエスト 下左:貿易センタービル健在のマンハッタン 下右:教会)