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キャプテンコージの世界一周旅日記

西海岸を走る【前編】

地図アメリカ カリフォルニア

当時フロリダで働いていた俺は、1週間の休みをもらい、アメリカ西海岸を旅することにした。

< 1st day >
サンフランシスコの空港でレンタカーを借り、まずゴールデンゲートブリッジを渡って対岸からサンフランシスコの街を眺めた。その後ぐるっとリッチモンドから回り、UCB(カリフォルニア大学バークレー校)のあるバークレーに向かった。

大学前の通りにはファストフード、レストラン、本屋、レコード屋、服や雑貨を売る店などがびっしりと並び、道端に敷いた布の上でアクセサリーなどの小物を売る人もいる。店や道の壁にはアーティスティックなペイントが施され、高田馬場とは偉い違いだ。しばらく俺は様々な種類の店を覗いて歩いた。

写真少し外れたところに、いかにも学生達がたまっていそうな“University Cafe”というレストランがあったので入ってみた。だが中には酔っ払いの親父がビールを飲み、太った母子がハンバーガーを食べているだけだった。俺は味のしない巨大なハンバーガーを食べてサンフランシスコに戻った。

市内をドライブした後、オーシャン・ビーチで太平洋に沈む夕陽を眺め、「俺が見ているこの太陽は、今頃日本では東の空から昇っているのか・・・」などというつまらない感傷に浸ってから(実際に日本ではもうお昼頃だったのだが)、夜景を見ようとツイン・ピークスに向かった。だが結局道に迷って辿り着けず、そのままハイウェイに乗ってヨセミテを目指すことにした。

ところがサンフランシスコのハイウェイは東京の首都高並みに複雑で、ルートを間違えてシリコンバレーの中心都市であるサンノゼまで来てしまった。一度ハイウェイを降りて、悪そうな黒人の若者達がたむろしているマクドナルドの隅で小さくなってハンバーガーを食べてから、再びヨセミテを目指して走り、途中の名前も知らない小さな街のモーテルに泊まった。

< 2nd day >
ヨセミテまでの道はひたすら荒野の中に伸びる一本道だった。こういうときに聞こうと持ってきたU2の“ヨシュア・トゥリー”をガンガンにかけ、80マイル以上のスピードで飛ばし続け、これぞアメリカというドライブを楽しんだ。

ヨセミテ国立公園に入り、案内所やキャンプ場などの施設が集まるビレッジを目指して走っていると、突然バックミラーに青い光が点滅しているのが目に入った。パトカーだった。車を停めると警官が2人降りてやってきた。

「スピード違反だ。レンタカーの契約書とパスポート、国際運転免許証を出せ」
「アー、アー、、、えーっと、ノ、ノー、スピーク、イングリッシュ」

とっさに俺は英語が分からない振りをし、その後も徹底して「ノー、イングリッシュ」を連発していると、警官は諦めて去って行った。

ヨセミテの自然は素晴らしかった。森を歩き、小川で遊び、滝を眺めた。散歩の途中、標高差約1000mのグレイシャーポイントまでのトレッキングコースのスタート地点を見つけた。案内所でもらったパンフレットによると、登りは4時間ほどかかると言う。もうとっくに昼は過ぎていたのだが、3時間で登れば日没までには戻って来れる。そのくらいの自信はあった。

かなりのピッチで登っていたが、途中でばてた。下りのトレッカーとすれ違う度に残りの距離を聞いても、なかなかそれが縮まらない。休憩していると、途中で抜かした白髪のおじさんが俺を抜き返した。あんなおじさんに負けるわけにはいかない。気合いで抜き返し、ようやく登頂することができた。

写真素晴らしい眺めだった。ヨセミテの象徴とも言われるハーフドームが目の前に見える。その奥にはどこまでも連なる山々。目標よりは30分ほど遅れてしまったが、ここまで登ってきたという達成感もあった。

が、頂上は人で溢れていた。そこには車が通れる道路が通じており、麓からバスでやってきたツアー客が涼しい顔して「ワンダホー!」などと言っているのだ。それを見たらもう同じコースを下る気力は完全に萎えてしまった。

頂上でゆっくりした後に駐車場に向かうと、やはり俺と同じようなトレッカーが何人かいた。ヒッチハイクで帰ろうとしているのだった。俺達は駐車場の出口に並び、車が出る度に全員で親指を突き出し、毎回お決まりのように「おいおい、全員は乗せられないよ~」などと言われながらも一人ずつ車をゲットして帰った。

キャンプ場で一人ビールを飲んでいると、炊きたての米と肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。近くで韓国人の家族がバーベキューを始めたのだ。よっぽど俺が物欲しそうな顔をしていたのだろうか、俺と目が合ったお母さんが「一緒にいかが?」と誘ってくれた。何度かは遠慮するべきだと思ったのだが、とっさに「いいんですか?」と言ってしまった。お父さんが笑顔で「どうぞ」と言ってくれたので、お言葉に甘えてバーベキューに混ぜてもらった。

食事も終わり、韓国人家族にお礼を言って自分のテントに戻ったときには、すっかり夜も更けていた。明日の朝は早くヨセミテを発つ予定だったし、特に何もすることがなかったので、早々と明かりを消して簡易ベッドに横になった。テントの中は真っ暗で、風の音以外には何も聞こえなかった。

写真うとうとしかけた時、ふと、リュックの中にクッキーが入っていることに気付いた。別に腹が減っていたわけではない。あったらマズイのだ。俺は天井からぶら下がっている豆電球を点け、頼りない光の下でリュックを開けた。

ヨセミテは熊の里としても有名なところで、このキャンプ場にもよく出没する。食べ物は専用のベアーボックスと呼ばれる鉄の箱に入れて保管する必要があり、うっかり車やテントの中に食べ物が残っていたりすれば、熊に襲われてしまう。現に、年間1000台以上の車が熊によって破壊されているというのだ。キャンプ場のいたるところに“熊に注意!”の張り紙があり、めちゃめちゃにされた車の写真も一緒に載っていた。

俺の願いも空しく、やはりリュックの中にはクッキーがあった。どうしよう。テントの外はもう真っ暗で、懐中電灯も持っていない俺はベアーボックスまでとても歩いていけそうにない。結局俺はそのクッキーをビニール袋で何重にも包み、リュックの底に押し込んだ。後は祈るしかない。その後外でちょっとした物音がする度に「出たか!」と思って心底びびってしまい、なかなか寝付くことができなかった。