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キャプテンコージの世界一周旅日記

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火を噴く山

地図トルコ カッパドキア、パムッカレ、エフェス、オリンポス

イスタンブールに帰ってきた俺は、デイビッドやバザールの仲間達と何日か過ごした後、旅行代理店の友達に薦められて、トルコ国内の観光地を巡るツアーに参加することにした。そんなツアーなんて柄でもないのだが、ハンガリーとルーマニアで痛い目に遭っていたこともあり、もうこの旅は楽に行こうと考えたのだ。

まず訪れたのは大地からキノコのような形をした奇岩がにょきにょき生えているカッパドキア。ここは数万人もの人々が暮らしていたという巨大地下都市でも有名なところだ。

写真続いて行ったエフェスは、現存するギリシャ文明最大の遺跡だ。神殿や劇場の遺跡は保存状態もよく、壮大で美しかった。

次はパムッカレ。ここでは山の斜面に広がる真っ白な石灰棚に、青い水が貯まっているという光景を見ることができる。その頃は水が少なかったらしいのだが、それなりに素晴らしい光景を見ることができた。

ツアーは快適だった。バスを降りればそこはホテル。お決まりの観光ルートがあるので何をしようか迷う必要もない。決まったルートをこなして綺麗なベッドで眠れば次の日にはまたバスが宿に迎えに来る。

写真だがやはりこのスタイルは俺には合わなかった。そもそも俺は自分の気の向くままに旅をしたいのに、決められたコースを行かなければならないというのがどうも面白くない。(だったら始めからツアーなんかやめておけ?)有名な観光地は確かに見る価値はあるのだが、だから何だ。上に俺が書いた内容なんて、ガイドブックを読むかテレビでも見れば誰でも書ける。

もう抑えることができなかった。イスタンブールの旅行代理店に電話をして、残りのツアーを全てキャンセルした。これで自由だ。さて次にどこに行こう。そう思うと久しぶりにわくわく感が蘇ってきた。

途中出会った旅行者が話していた、オリンポスのことを思い出した。そこは地中海に面したとても素朴な村で、樹の上に作られた“ツリーハウス”に泊まることができるらしい。また、近くに火を噴く山があると言う。そこは確かアンタルヤというトルコ南部では比較的大きな街の近くだと言っていた。よし、とりあえずアンタルヤまで行ってみよう。

写真次の日俺は朝一番のバスに乗り、昼過ぎにアンタルヤに着いた。バスターミナルでうろうろしていると、同じようにうろうろしている白人カップルがいた。聞くとやはりオリンポスに行きたいのだと言う。結局オリンポス行きのバスはなかったのだが、同じ方向に行くというバスを見つけ、3人で乗り込んだ。

山深い道を走ること数時間、突然運転手はバスを止め、「ここで乗り換えだ」と俺達に言った。降りると、今通ってきた道から分かれて、さらに山の中に入る細い道が1本伸びていた。

1時間ほどしてやってきたのは、バスではなくトラックだった。俺達は荷台に乗り込んだ。舗装されていないガタガタの道をしばらく走ると、山の中に村が現れた。オリンポスだった。

そこは現代からかけ離れてしまったようなところだった。噂のツリーハウスはあちこちにあった。レストランなども全て木で作られていた。アスファルトやコンクリートなどの文明的なものは何もなかった。

写真その日の夜、アンタルヤから一緒に来たジェームズとスカイと共に、火を噴く山に行った。中腹で車を降りてからは、懐中電灯で足元を照らしながら真っ暗な山の中を登る。しだいに木や土が少なくなって、しまいには岩肌がむき出しとなった。そしてそこには、見たこともないような光景が広がっていた。

地面から炎が上がっているのだ。近くに行って見ると、薪を燃やしているわけでもなく、もちろん何かのコードがあるわけでもない。炎は岩の隙間から上がっていた。そして、それは一つだけでなく、数え切れないほどの炎があちこちで上がっているのだった。

ツリーハウスの、前日までと比べると格段に寝心地の悪いベッドで眠った翌朝早く、俺は散歩に出た。オリンポスは地中海に面しているはずなのに山しか見えなかった。だが村の外れに“BEACH⇒”と書かれた看板を見つけた。俺は矢印の指す方向へと歩いた。途中草むらや水溜りなども出てくるのだが、ところどころ岩や壁に“BEACH⇒”と赤いペンキで書いてある。それを辿ってずっと歩いていると、次第に潮の香りがしてきた。

背の高い藪が長く続き、その間を抜けると、目の前は海だった。そこは山に挟まれた幅1キロほどの入り江になっていた。砂浜には俺以外誰もいなかった。海の水は朝日を浴びてキラキラと輝いていた。

写真

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