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キャプテンコージの世界一周旅日記

民主化を遂げて

ルーマニア ブカレスト - ブルガリア

地図列車が止まった。時計を見ると夜中の2時だった。駅ではなかった。どうやらルーマニアとの国境に来たようだ。窓の外には銃を抱えた兵士の姿が見える。民主化したとは言え、ほんの10数年前までは共産主義バリバリの独裁政権だった国だ。これまでの国境越えとは全く異なる緊張感を感じた。

国境警察が俺の寝台にやって来て、パスポートのチェックを行った。引き続き係員がやって来てスタンプを押した。意外なほどあっさりとしたものだった。緊張が溶けた俺は窓の外に顔を出してタバコを吸っていた。すると1人兵士がやってきた。窓のすぐ外まで来ると、あたりを見回してからタバコをくれという合図を送ってきた。ライトに照らされた顔を見るとまだあどけなかった。タバコを1本その兵士に渡すと、小さな声で「サンキュー」と言って笑った。

正午過ぎ、列車は首都ブカレストに着いた。まずは宿を探そうと地図を見ていると、1人の男が話しかけてきた。

「宿を探しているのか?いいところを紹介してやろうか?」

写真愛想のいい小柄な男だった。自分で探すからいいと断ったのだが、車を持っているから送ってやるし、暇だからあちこち連れて行ってやると言う。少し胡散臭いとは思ったが、それほど悪い奴にも見えない。どうせ宿からマージンをもらうくらいのものだろう。俺はその男、マリオに付いて行くことにした。

マリオの車に乗ろうとすると、もう1人男が現れた。2m近い大男だった。マリオはそいつを助手だと言って俺に紹介した。動きがとろく、どこか抜けた感じのする男だった。

助手の運転でドライブをした。大通りにはビルが並び、想像していたよりもずっと発展している様子だった。宮殿、旧共産党本部、凱旋門、教会と、見所を通る度にマリオはいろいろと説明をしてくれた。その後マリオの家でお茶をご馳走になったり、銀行に連れて行ったもらったりして、宿に着いたのは夕方近くだった。結局連れて来られた宿は、鉄道駅から歩ける程の距離にあった。

写真車から出ると、突然マリオが怖い顔をして俺に金を出せと言って来た。にわかには信じられなかった。マリオはいつも笑顔で俺のことを“マイフレンド”と呼んでいた。何かと気を使ってくれたのは、全て彼の好意とばかり思っていた。

「冗談だろ?」
「・・・」
「友達じゃなかったのか?」
「俺達2人の半日分のガイド料とガソリン代を払ってくれ」
「ふざけるな!誰がガイドしてくれと頼んだ?誰が助手を頼んだよ!」
「50ドルだ」

いつの間にか大男は俺の後ろに回りこみ、2人に挟まれる形になっていた。俺は言われた通りの金を払った。マリオは「ここはお前らみたいな旅行者が来る国じゃない。さっさと出て行け!」と言い捨て、車に乗った。

裏切られた。悔しくてたまらなかった。しばらく宿のベッドで寝転がっていたのだが、俺の気は一向に治まらなかったので、散歩に出た。

表通りから一歩路地に入るとそこは別世界だった。今にも崩れ落ちそうな民家が並んでいた。ボロボロの服を着て遊ぶ子供達、野菜を入れた籠を背負って歩く老婆、俺のことを暗い目で見つめる男達、痩せ細った物乞い、まだ少女の面影が残る売春婦。。。そこには、この国の現実があった。

写真マリオのことを思い出した。確かにあいつのやり方はあくどいものだったが、決して強盗でも詐欺でもなかった。やろうと思えば俺の全財産を奪えたはずだ。ナイフで脅すことも、睡眠薬を飲ませることもできたはずだ。だが時間と労力を使って俺を楽しませ、その代償として、この国の物価にしては高いが決して大金ではない金を要求してきた。

根っからの悪ではないのだろう。金を出せと言ってきたときの表情はむしろ辛そうだったようにも思える。民主化を遂げて、以前よりも貧しくなった人の方が圧倒的に多いとマリオは話していた。そして実際あいつも無職だった。

気付くと野犬の群れに囲まれていた。東欧諸国では野犬が多く、凶暴なので注意が必要だとは聞いていた。とは言ってもまさかこんな街中で出くわすとは。俺は地面に落ちていた棒を拾って構えた。しばらく睨み合いが続いた後、野犬の群れは去っていった。

ほっとしてまた歩いていると、今度はどこからか小石が俺の足元に飛んで来た。辺りを見回すと、少し離れた所で数人の子供達が俺の方を睨んでいた。「ここはお前らみたいな旅行者が来る国じゃない」というマリオの言葉が蘇った。

そうなのかもしれない。少なくとものんきに小説の真似事をしようとやって来た俺なんかが来るところではない。思い返せば、ブダペストの人々の目も同じことを俺に言っていたような気がする。

これまでに味わったことのない程のホームシックを感じた。日本に帰りたい。家族や友達に会いたい・・・。その時俺の頭に浮かんだのは、イスタンブールの仲間達の顔だった。

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写真翌日、イスタンブール行きの直通バスの乗り場まで行くと、地元の人達に混じって大きなバックパックを背負った旅行者がいた。4年後にリバプールで再会することになる、デイビッドだった。俺達はすぐに仲良くなり、楽しいバスの旅となった。

走り出して間もなく、バスはドナウ河を渡った。この河には少し未練が残る。その後ブルガリアとの国境を越えた。結局この国は通過するだけとなった。食事休憩となった。「俺達のブルガリアでの思い出はこの食事だけだな」なんて話をしている時、「あー!」と叫んで俺が頭を抱えた。ブダペストで出会ったスラブ系の美女が、ソフィアに着いたら連絡をくれと言っていたことを思い出したのだった。俺がそれを言うと、デイビッドは腹を抱えて笑っていた。

(写真左上:チャウシェスク政権の象徴である“宮殿” 右上:旧共産党本部と広場を挟んで向かいにある建物 無数の弾丸の跡は、軍が人民に発砲した歴史を物語る 左下:ペーパーに鍵のかかった宿のトイレ 右下:ブルガリアの思い出)