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キャプテンコージの世界一周旅日記

サンブラス【前編】

地図パナマ パナマシティ、サンブラス諸島

フロリダのタンパからメキシコ・シティを経由してコスタリカのサンホセに飛び、さらにサンホセ空港で野宿をして翌朝にはパナマシティへ飛んだ。

パナマのカリブ海側には、無人島も含めれば400近くの島からなるサンブラス諸島がある。そこはクナ族というインディヘナの自治区で、昔ながらの習慣で生活をしているらしい。俺は是非ともサンブラス諸島に行ってみたかった。

空港でサンブラス諸島の情報を得ておきたかったのだが、国際空港の観光案内所にも関わらず英語を話せる職員がいなかった。パンフレットのようなものを探してもサンブラスに関するものは何もない。せめて宿だけでもと思ったが、中級以上のホテルの情報しかない。全く使えない観光案内所だ。

市内行きのバス乗り場を探していると、タクシーの運転手が声をかけてきた。いい安宿を知っているということなので乗ることにした。サンブラス諸島に行くにはどうすればいいのかと運転手に尋ねると、国内線の空港に行けばいいと言う。それはもっともだ。そこで俺は市内には行かずに、そのまま国内線の空港に行ってもらった。

まるで地方の公民館のような空港だった。サンブラス行きのカウンターはすぐに分かった。その列に並んでいる全員がインディヘナだったからだ。出稼ぎ帰りと思われるおじさん達に混じり、学生らしき人達もいた。

俺の番が来た。カウンターの職員もインディヘナのおじさんだ。どの島に行くのかと聞かれ、そこで俺は初めてサンブラス諸島には飛行場があるくらいの規模の島が少なくとも2つ以上あることを知った。

写真俺はおじさんに「どこかいい島はないか」と尋ねた。「どんな島がいいか」と聞かれ、「あなたのお薦めの島でいい」と答えた。「ツーリストのいない島でもいいか」と聞くので、「むしろその方がいい」と言った。俺はおじさんお薦めの島行きの、翌日出発して3日後に帰る往復チケットを買うことにした。

現地での宿について尋ねると、おじさんは「3食付き1泊20ドルでどうだ」と言ってきた。まさかここで宿の予約までできるとは思わなかったが、とりあえず「少し高いな」と言ってみた。すると「電気もトイレも遠足も付いているぞ」と言う。遠足とは何のことか分からなかったが、彼等に値段交渉の習慣があるかどうかも分からなかったので、俺はそれで手を打つことにした。

おじさんはそれまで飛行機の時間や日程、島の名前、料金の計算などを俺に説明しながらボールペンで殴り書きしていた白い紙の空いたスペースに自分の名前を書き、さらに20という数字を書いて丸で囲み、「これを見せれば大丈夫だ」と言ってその紙切れを俺に渡した。

「どこに行って誰に見せればいいの?」と俺が聞いても、おじさんは笑って「ノープロブレム!」を繰り返すだけだった。本当に大丈夫なのか怪しかったのだが、インディヘナの文化とはそういうものなのかもしれないなと思い、身を任せることにした。

タクシーの運転手は俺を待っていてくれた。俺がカウンターでのやり取りを説明した上で、明日本当に島に行けるのか、ちゃんと宿があるのか不安だと言うと、彼も「ノープロブレム!」と言って笑った。

写真市内に向かう前に、そのままタクシーでパナマ運河に連れて行ってもらうことにした。この巨大な南北アメリカ大陸の中で最も陸地の細い部分に作られたパナマ運河は、世界の交通の要所だ。俺が行ったミラ・フローレンス閘門(複数の水門と人造湖を利用し、水位を上下させて標高差のある水路に船を通す)でも、大西洋から太平洋へと向かう巨大な船が通るところを見ることができた。

宿に着き、荷物を置いてから旧市街をうろついた。スペイン統治時代の姿が残る美しい街並みは世界遺産にも登録されている。だが歴史地区から少し外れればそこは庶民の街、というよりはむしろ貧民街となり、中南米でもトップクラスの治安の悪いエリアだ。そのいかがわしさたるや半端ではない。いつの間にかそんな所に入り込んでいたことに気付いた俺は、逃げるように宿に戻った。

翌朝、国内線の空港に行き、公民館の裏口のような搭乗口を出ると、ただの空き地のようなところに待っていたのは小型のプロペラ機だった。そして想像していた通りのオンボロだった。乗客は俺以外全てインディヘナだった。

写真音だけは力強いプロペラを回して飛行機は飛び立った。太平洋側のパナマシティを出発した飛行機は、ちょうどジャングルの中を流れるパナマ運河に沿って、かなりの低空飛行で飛んでいた。30分程で陸地が終わり、カリブ海へと出た。すぐ下に美しい青や緑の海が見える。たくさんの小さな島の群れが見えてきた。これがサンブラス諸島だろう。

突然飛行機が向きを変え、高度を下げた。一気に下げた。あっという間に地面だった。どうやらそこは飛行場専用の島のようで、飛行機の両翼よりも幅の狭い道、いや、滑走路以外には、草や木が生えているだけだった。

ひどい衝撃と共に着陸し、拙い舗装の滑走路をガタガタと走った。見る見るうちに滑走路の終点、柵も何もないただの海が迫ってくる。スピードはなかなか十分に落ちない。あー、このままでは海に落ちるぅ!と思ったとき、ぷいっと左に向きを変え、岸の数メートル手前で飛行機は止まった。そしてそれがお決まりかのように機内では拍手が起こった。

飛行機を降りると、周りの島々からカヌーが船着場(滑走路の端の岸辺から木を組んで海に突き出しただけのもの)に集まってきていた。降りた乗客達は皆それぞれ迎えのカヌーに乗って島を離れて行く。そして気が付けばそこには既に一艘のカヌーもなくなっていた。俺はどうしていいか分からず、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。。。

写真

(写真上右:ミラ・フローレンス閘門 上左:スラム?のアパート 中左:プロペラ機と滑走路 下左:島の船着場)