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キャプテンコージの世界一周旅日記

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ヒマラヤの夜明け

ネパール ヒマラヤ

地図ポカラは標高8000m級のヒマラヤの山々に囲まれつつも、それ自体は標高800mと低いところにあるため、落差のあるヒマラヤの絶景が臨めると共に気候も温暖で、“ヒマラヤの楽園”とも言われている。俺がここに来た目的は、ただ山を眺めてのんびりすることだった。

俺は毎朝、太陽が昇る前に起きて宿の屋上に上り、山を眺めた。街を取り囲む緑の山々の奥に、真っ白いアンナプルナ連峰が見えるのだ。それはこうして人々が生活しているポカラの街や、手前に連なる緑の山とは全く別の世界に存在しているかのようだった。

何日かすると俺は、少しでも近い所でその白い山を見たくなった。話によると、結構簡単にトレッキングができるらしい。ある朝俺はポカラからバスに乗り、麓の村に向かった。

数時間で目的の村まで到着し、そこからトレッキングを開始した。トレッキングと言っても、いつもの旅の服装だ。Tシャツにコットンパンツ、スニーカーを履き、小さなデイパックを背負うだけ。身軽なものだ。だが慣れない山登りは結構しんどかった。

俺がばてている横を、かろやかなステップで登り下りする女性達がいる。しかもつっかけのサンダルで!山の中腹の村に住む人達が麓まで買い物に行っているのだ。だから登りは大抵食料をどっさり入れた籠を頭の上に乗せている。にも関わらず、俺を軽く抜かしていくのだ。

写真また、下山途中のトレッカーともすれ違う。中には俺みたいに数日だけのトレッキングではなく、2週間、3週間と山を登って来た人もいる。そういう人はちゃんと雪山の装備もしているし、日焼けで顔が焦げてしまっているからすぐ分かる。挨拶ついでに、馬鹿な質問だとは思いつつも聞いてみる。「上はどうだった?」「そりゃ素晴らしいなんてもんじゃないよ!」目を見ればそれは分かる。彼等は皆、尋常ではない目の輝きを持っていた。“何か”を見て来たことをその目が物語っているのだ。

陽も暮れかけた頃、ようやく一つの村に辿り着いた。今日はここで宿を取ることにしよう。すぐに一軒の宿が見つかった。まだどちらも20歳前後と思われる姉弟でやっている宿だったのだが、よっぽど客が珍しいらしく、特に弟の方は俺が訪れて大喜びの様子だった。

ジャイサイメールの砂漠ツアーからかれこれ2週間ほど着っぱなしのTシャツを洗いたくて(唯一の替えのTシャツはどこかで失くしてしまっていた)、その弟にTシャツを1枚貸してくれないかと頼むと、自分の部屋に案内し、タンスの中の自分の服を全て床に並べ、「さあ好きなものを選んでいいよ!」と嬉しそうに言った。

その宿に弟の友達が何人か集まってきた。皆でラジオを聴いている。標高が高いためにラジオの入りは悪いのだが、アンテナの先にこれをつけると聞こえるようになるんだよと言って、大きなヤカンをぶら下げていた。雑音が入る度にヤカンの口の向きを調節する。皆が寄り添って聞いていたのは、遠く首都のカトマンズのラジオ局が流している洋楽だった。

彼等は日本にとても興味があるようで、いろいろなことを聞きたがった。1人の奴は、日本人の女と結婚することが夢だと話していた。理由を尋ねると、「昔ドラマで見た“おしん”が理想だから」と言う。「もう日本にはおしんみたいな女はいないよ」と俺が言うと、「いや、いるはずだ」と譲らなかった。

写真そうして俺はヒマラヤのとある山の中腹の村で、楽しい夜を過ごした。

そして次の日の早朝。太陽が昇るずーっと前から俺は宿を出て、そこからさらに登ったところにある見晴らしのいい丘の上に立ち、ブランケットに包まって震えながら夜明けを待った。もうその時点で俺の目の前はヤバイ景色になっていた。真っ暗な濃紺の空に、うっすらと巨大な白い山々のシルエットが浮かんでいたのだ。

突然、連なる山々の中でも最も高いアンナプルナの山頂が、ポツンと赤く染まった。まだ東の空は明るくもなっていないのだが、標高8000mを越える山頂には太陽の光が届いているのだった。その赤い点はゆっくりと山のラインに沿って面積を広げていく。そして2番目に高い山の頂上に赤い点が付いた。その点も同じように白い山を赤く染め、また次に高い山頂へと移る。

空は全く白むこともなく濃紺のまま、山々はやはりうっすらと白いシルエットを保ったまま、赤いところだけが大きくなっていく。

しばらくすると次第に空が明るくなり、白い山々ははっきりと現れた。やがて俺の後ろから太陽が昇った。ヒマラヤの夜明けだった。

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