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キャプテンコージの世界一周旅日記

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聖地

インド バラナシ(ベナレス)

地図ヒマラヤから流れ出た水はやがてガンガー(ガンジス河)となり、聖地バラナシを流れる。ヒンドゥーの教えでは、ガンガーに死体を流されることで輪廻を解脱して苦しみの現世から逃れることができ、またガンガーで沐浴することでこの世の罪を洗い流すことができるとされる。故にガンガーは聖なる河とされ、インド中から信者が巡礼に、亡くなった親族の遺体を流しに、そして自らの死を待つためにここバラナシへとやってくる。

だが同時に聖地バラナシは外国人旅行者にとっては絶好の異文化体験ゾーンであり、そのために大観光地にもなっている。街中では旅行者相手の商売がどこの街にも増して激しかった。ひっきりなしにサリーや民芸品を売る店などの呼び込みがあり、マッサージ屋、耳掃除屋、絵葉書売り、ガンジャ売り、闇両替、物乞い、その他訳の分からない輩達が来てはしつこくまとわり付く。

その頃、汚くて臭い街とうざいインド人達に辟易していた俺は、そんなバラナシを見て、「ここも他のインドの街と同じだな」と思った。少しがっかりした。“聖地”という、これまでの人生で触れることのなかった響きに期待し過ぎていたのかもしれない。

写真ガンガーは、汚い河だった。水は土色に濁っていた。河には下水が流れ込む。ゴミや木の枝などあらゆるものが流れる。時には犬や巨大な牛の死体までもが流れている。聖なるものとは程遠いイメージだった。俺はまたここでも幻滅をしながら、ガート(河岸の沐浴場)に出た。

ふと、空気の流れが変わったような気がした。

そこでは大勢の人々が沐浴をしていた。男性は腰巻き一つで、女性はサリーを着たまま河に入り、祈り、河の水を浴び、その水を両手ですくって飲んでいる。土色に濁ったこの水を!そしてその横で髪の毛を洗っている者や、衣服の洗濯をしている女性達、泳いでいる子供達、小便をしている男の子もいる。

そのまま河に沿って歩いていると、今度は何やら儀式のようなものをやっている場所に出た。鮮やかな黄色の布に包んだ“何か”を担架に乗せて運んで来て、それを男が軽々と積み上げた薪の上に置いた。どうやらその“何か”は、子供の遺体のようだった。その横でひたすら祈りを捧げている人達がいた。その子の両親や親族なのだろうか。

薪に火をつけ、黒い煙が立った。薪が燃え上がり、炎が大きくなる。布に火が移ると、あっという間に遺体を炎が包んだ。しだいに薪が崩れ始め、上に積まれていた黒い物体が薪の中に落ちた。2時間ほど燃え続けていただろうか。火が消え、真っ黒の炭と灰だけが残った。その中から何かを拾い集め、河に流していた。一つの命を、天に返しているのだった。

写真しばらくするとどこからかまた担架が運ばれてきた。今度は、作業する男達だけで、親族らしき人は誰もいない。淡々とさっきと同じように準備が進み、また火が付けられた。その火葬場のすぐ近くでは、牛がゆっくりと歩き、子供達が遊んでいた。

そこから当てもなくぶらぶらと路地を歩いた。たくさんの物乞いがいた。俺が通るとまとわりついてくる者もいれば、黙って右手を差し出してくる者もいる。残された命をこうして繋ぎながら、彼等はここで死を待っているのだろうか。そして横になったまま動かない者もいた。生きているのか死んでいるのかさえ分からなかった。

夜、宿でご飯を食べた後に、宿のオーナーのおじいさんやその息子さんと話をした。おじいさんはインドについて、バラナシについて、ヒンドゥーの教えについて、色々な話をしてくれた。

「ガンガーを見て、汚い河だと思ったかい?」
「正直、そう思いました」
「そうだろう。だがあの河は私達にとってはとても神聖なものなのだよ。あの河の水を浴びたり飲んだりすることによって、精神が清められるのだ」

「髪を洗ったり、洗濯している人もいました。子供が泳いでいたり」
「ガンガーは私達の生活の大切な一部でもあるのだよ。あの河には、人間の生と死、全てがある」

「なんだかバラナシへ来て、本当に生と死の境が分からなくなるような気分になって、頭が混乱してしまいました」
「人間の生と死というものは、繋がっておるのだよ。それがここバラナシなのじゃ。バラナシでは、全てが可能なのだよ」

次の日俺はまたガートに行き、河に入って静かに沐浴する人々の姿をずっと眺めていた。そこで祈っているのは、今まで天敵とさえ思っていたうざいうざいインド人であり、近寄りたくもないと思っていた汚いインド人だった。そんな彼等の祈る姿は、美しかった。そして彼等にも生活があり、家族があり、人生がある。当たり前のことなのだが、その時俺はそんなことを考えていた。

バラナシで俺は生まれて初めて、信仰というものに触れた。その美しさと強さを感じた。それと同時に、「世界って凄い」「人間って凄い」と思った。バラナシとそこで生きる人々は、それまでの俺の世界とはあまりにもかけ離れた世界だった。しかしそれもやはり俺が生きているのと同じ世界であり、彼等もまた同じ人間なのだった。それは、俺にとって衝撃的な発見だった。

“Everything is possible in Varanasi”

おじいさんの言葉が、いつまでも俺の頭の中で響いていた。

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