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キャプテンコージの世界一周旅日記

初めての夜

タイ バンコク、インド デリー

地図大学5年の秋、就職活動も終わり、今しかできないことを探していた俺は、ある日旅に出ようと思い立った。迷った末に決めた行き先はインド。決めてからはあっという間だった。パスポートとビザを取り、バンコク行きの航空券を買い、パーティのビンゴゲームで当たったデイパックにトイレットペーパー1ロール、Tシャツとパンツの替えを1枚ずつ突っ込んで日本を出た。

生まれて初めて乗った国際線の飛行機は、夜の遅い時間にバンコクへと到着した。空港からバスで鉄道のバンコク中央駅に向かった。どこをどう走っているのかも分からず、本当にこのバスで合っているのかも不安だったのだが、どうにか駅に着いた。そこから地図を見ながら安宿が集まるというカオサンロードに向かって歩いた。

いつの間にかチャイナタウンを歩いていた。方角も分からないし目印もない。迷子になってしまった。辺りは暗く、人通りもほとんどない。心細くなってきた。通りかかったトゥクトゥクを捕まえ、生まれて初めての値段交渉をし、相当ぼられているのかもと思いつつカオサンまで連れて行ってもらった。

細い路地を入った安宿にチェックインした。部屋に入ると一気に緊張が解け、どっと疲れが出た。部屋はベッドが一つあるだけの簡素なものだった。天井で弱々しく回転するファンは生暖かい空気をかき混ぜるだけで、涼しくも何ともない。壁の上下は空いており、両隣の部屋と繋がっていた。どの部屋からもファンの回る音しか聞こえてこない。隣の部屋からゴキブリが床を這って来た。

トイレに行った。便器の横に水を溜めた大きなバケツがあり、そこには小さな桶が浮かんでいた。噂に聞いていた通り、紙はない。用を足した後、勇気を出して右手で桶を持ち、お尻に水を掛けながら左手で洗った。初めてのことでうまくできず、お尻もパンツもびちょびちょになってしまった。流し場で手を洗っていると、とても惨めな気持ちになってきた。

部屋に戻ってベッドで仰向けになり、空しく回るファンをずっと見ていた。どうしてこんなところで、こんなことをやっているんだろう。1人で飯を食うのも苦手な俺が、どうして1人旅なんかに出てきたんだろう・・・。初めての海外の初日の夜、日本を出るまでの期待や興奮は全く姿を消し、後悔と不安に押しつぶされそうになりながら俺は眠りに付いた。

写真次の日俺はインド行きの一番安い航空券を探して、カオサン中の旅行代理店を回った。話に聞くインドはもの凄く激しい世界であり、旅はサバイバルだと思っていた。だからこそインドに行きたいと思った。だが今俺はすっかり怖気づいている。正直、日本に帰りたい。だがさすがにそれは恥ずかしいから、どこか平和なところにずっと隠れていたいくらいの気持ちだった。しかし航空券を買ってしまえば、もうインドに行かなければならない。そうして俺は半ばヤケクソになって、翌日の便のチケットを買ったのだった。

デリーに着いたのはまたしても夜の遅い時間だった。オンボロのローカルバスに乗って市内に向かった。フロントガラスの前方を見ると、道路が真っ暗だ。街灯がないだけではなく、バスのライトが点いていなかった。その真っ暗な中をもの凄いスピードでバスは走る。一体何キロ出しているのかと思ってメーターを見ると、それも動いていなかった。走行距離は3,000キロを越えていた。だがそれももうとっくの昔に壊れて止まっているようだった。

ニューデリー駅に着くはずだったのだが、どこだか分からない真っ暗な場所でバスは停まった。ここが終点だと言う。そんなはずはないだろうと思ったが、終点と言われたら降りるしかない。バスを降りたとたん、たくさんの男達に囲まれてしまった。彼等の肌は黒く、暗闇の中で目だけが光っていた。

彼等は宿や旅行代理店の客引き達だった。思いっきり巻き舌の英語でまくしたて、俺を自分のところに引き入れようとする。俺は安宿が集まるメインバザールに行きたかったのだが、それを言っても遠すぎて行けないだとか今の時間はどの宿も空いてないだとか今のうちに次の列車やツアーを予約しておけだとか言っている。いくら断っても執拗に俺にまとわりついた。

やっとのことで俺はそいつらの輪から逃げ出し、遠くに見える明かりに向かって歩き始めた。きっとあれがニューデリー駅に違いない。そう信じて歩くしかない。すると今度はリキシャーのおじさん達が寄ってきた。メインバザールまでは遠くて歩けないだとか危ないから乗って行けだとかまたうるさく言ってくる。乗ってしまったらまたどこに連れて行かれるか分かったものではない。俺は彼らを振り切って明かりの方向へと走った。

明かりが近づくにつれ、それが駅だと言うことがはっきりしてきた。線路を越える橋まで来ると、その橋の歩道の脇には埃だらけの物乞い達がびっしりと座っていた。骨と皮だけの老人、関節が逆に曲がっている者、手や足のない子供達。。。俺が近づくと皆「バクシーシ(お恵みを)」と言って次々に手を差し出す。俺のズボンの裾を掴んだり、足首を捕まえようとする者もいる。俺は怖くてまた走り出した。

とんでもないところに来てしまった。果たして俺はこんな国で旅をして行けるのだろうか。無事に日本へ帰ることができるのだろうか。俺はインドの全てから逃げるように走り続けた。