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キャプテンコージの世界一周旅日記

ヨーロッパの中のアジアで

ハンガリー ブダペスト

地図ドナウ河を下るクルージングは快適だった。途中スロベキアの首都ブラティスラバの港に寄ったり、ウクライナやセルビアの船とすれ違ったりと、東欧にやってきたという実感が徐々に沸いて来た。しばらくして両岸の緑が開けた。見事な建築物が並び、河にはいくつもの立派な橋が架かっている。向かって右側がブダ、左側がペスト、ハンガリーの首都、ブダペストだ。

写真俺はなぜかこの街には強い憧れを感じていた。小説「ドナウの旅人」で描かれている街の光景があまりにも美しかったからか。中世ヨーロッパの輝かしい歴史の印象か。それともハンガリーがヨーロッパの中で唯一アジア系民族の国だからだろうか。

ハンガリー人の祖先であるマジャル人は元々アジア系遊牧民族であり、混血が進んだ今でも、苗字が名前の前にあり、赤ちゃんのお尻には蒙古班があると言う。黒目黒髪で黄色い肌の人も多い。そんな国が、アジアからきた旅人をどう迎えてくれるのか。そんなことも期待の一つだった。

写真俺が泊まっていたのは、ブダペスト東駅近くの格安宿だった。宿には東欧諸国から来た旅人が多かった。これまでの旅で出会う外国人のほとんどは西欧の先進国から来た人だったため、彼等と話すことがとても新鮮で楽しかった。国民性なのか、彼等は皆素直で優しい性格だった。

セルビア人カップルの彼女は昔から日本にとても興味があったらしく、生まれて初めて会った日本人である俺にいろいろと質問をしてきた。ソフィア在住のブルガリア人の女の子(スラブ系の超美人!)は、この後俺がソフィアに行くことを話すと、街を案内するから訪ねて来てくれと言って連絡先を教えてくれた。逆に俺が行く予定はないと話したクロアチアから来た女子大生は、必死にクロアチアの魅力をアピールしていた。

ブダペストの街は大きく、地下鉄を利用することが多かった。ここでは乗客が自分で切符を切るようなしくみになっているため、係員が改札口やホームで切符の抜き打ち検査を行っていた。その確率は非常に低いにも関わらず、俺は毎回必ず検査を受けた。係員は皆決まってふてぶてしい態度で切符を見せるよう要求し、俺の切符を確認するとそのまま無言で背を向ける。標的にされているようでいつも気分が悪かった。

写真俺はいつもタバコ屋に行くと、その国のお薦めのタバコを聞く。大抵向こうは笑顔になり、銘柄を教えてくれたり、「この国は気に入ったか?」などと話しかけてくれる。ネパール以来ずっとやっている俺の地元の人とのコミュニケーション術だ。だがこの街では、一つのタバコを無言のまま放り投げられるだけだった。値段を聞いても、電卓に数字を打ち込んで俺に見せるだけだ。

それは食堂でも同じだった。お薦めのメニューを聞いてもメニューを指差すだけだったり、時には無視されることもあった。会話なんてどこにもなかった。

なぜこうも皆冷たいのだろう。よそ者を嫌うのか?アジア人を差別しているのか?そもそも無愛想な国民性なのか?たまたま巡り合わせが悪かったのかもしれない。だがその時俺はそうは思えなかった。「ヨーロッパに投げられたアジアの石」と呼ばれる彼等の、プライドとコンプレックスの入り混じったような、複雑に屈折した心を見たような気がした。

ある時通りを歩いていると、白人の男が俺に「○○ホテルに行きたいんだけど」と道を尋ねてきた。困っている様子だったので、一緒に地図を広げてそのホテルを探した。

すると突然体格のいい2人組の男が現れ、「お前ら今チェンジマネーしていただろう」と言ってきた。2人は警察手帳を出し、腰に付けた拳銃をちらつかせながら「チェンジマネーの取締り中だ」と言ってきた。ハンガリーでは個人間の外貨の両替は禁止されている。そんなことはしていないと言うと、「とにかく調べるから来い」と言われて路地裏に連れ込まれた。

写真まずは1人の警官が白人の持ち物をチェックし始めた。彼は言われるがままだ。2人がニセ警官だということはすぐに分かった。あっさりと指示に従っている白人がグルだということも途中で気付いた。だが、その時俺の両膝はガタガタと音を立てそうなほどに震え、走って逃げることもできなかった。

もう1人のニセが俺に財布を出せと言ってきたので、中の紙幣とカードを全て取ってから渡した。札も見せろというので、1枚ずつ端を掴んだまま見せた。ドルはないのかと言われ、ないと答えると、じゃあ円を出せと言う。「お前は日本人なんだから円を持っているだろう」と。

俺が大した金も持っていないことが分かると、ニセ達はさっさとその場から立ち去ってしまった。白人もすぐにいなくなった。安堵の気持ちと同時に悲しみが込み上げてきた。

一体ブダペストに何を期待していたのだろう。もう、この街にはいたくなかった。俺はその晩、ルーマニア行きの列車に乗るべくブダペスト東駅へ向かった。

(写真左上:ブラティスラバの港 右上:憧れの日本式挨拶 左下:ペストの路地 右下:ドナウ河)