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キャプテンコージの世界一周旅日記

香港むんむん

香港

地図ヨーロッパ、中東、南米を11ヶ月の間旅をしてきた俺にとって、アジアに行くというのはもはや“帰る”という感覚だった。アメリカ大陸からアジアに帰ってきた俺を待っていたのは、長い間会っていなかった恋人のくみだった。お互いに日程を合わせ、香港で合流することになっていた。

空港では劇的な再会を期待していた。なにせ付き合ってからこれほど長い間会わなかったのは初めてだったし、くみとしてもずっと心配していた南米の旅を無事に終えて安心していることだろう。出国ゲートの外でくみは待っていた。俺が先に見つけた。「くみ!」「コージ!」お互い走り寄る。俺が抱きしめようと腕を広げる。すると、避けられた。

「え?ど、どうして?」
「コージ、汚い・・・」

写真もう9ヶ月ほど髪の毛は切っていない。いくらか痩せ、日焼けを重ねた肌は真っ黒だ。さらにジャマイカから何度か飛行機を乗り継ぎ、丸1日以上髭も剃ってないし顔も洗ってない。だからと言って、そんなぁ~。

香港の宿は恐ろしく高い。くみはそれなりにちゃんとしたホテルに泊まりたかったようだが、空港で紹介してもらえるホテルは安くても1万円はした。宿は5ドル、物価の高い国でも20ドルまでという俺がそんな大金出せるはずがない。俺達はバスに乗って市内に出た。

香港には2つの顔がある。1つは、100万ドルの夜景と言われる摩天楼に代表される、超近代国家としての顔。もう1つは、香港のアクション映画に出てくるような、活気と怪しさ溢れる庶民の街としての顔だ。

写真怪しさの極め付けとして、昔は九龍(クーロン)城が香港名物だった。名物と言ってもそれは“犯罪の巣窟”とも言われた無法地帯で、一般人はおろか警察でさえ足を踏み入れることはできなかった。無計画に建て増しを重ね、迷路のような路地には太陽の光が差し込むことがないという九龍城はまさに高層スラムで、3ヘクタール(3万㎡)の敷地に5万人以上の人間が暮らしていたという。そんな九龍城は10年以上前に取り壊されてしまった。

九龍城なき今、それらしい雰囲気を味わえるものとして、九龍半島の中心部、尖沙咀(チムシャチョイ)の彌敦道(ネイザンロード)沿いに、重慶大厦(チョンキンマンション)と美麗華大厦(ミラドマンション)という隣り合った2つの雑居ビルがある。中には数多くの食堂や雑貨屋、両替屋、旅社(安宿)、住居がぎっしりと埋まっていて、まさにこれぞ香港というムードがむんむんとしたビルだ。

ホテルが高いからという理由だけではなく、香港に来たからには香港むんむんの所に俺は泊まりたかった。どちらかと言うと育ちのいいお嬢様系のくみは、当然そんな所には泊まりたくない。だがなんとかくみを説得して、チョンキンマンションより少しおとなしめのミラドマンションに泊まることになった。

ビルの中はアフリカ系、アラブ系、インド系を中心にありとあらゆる人種がわんさかしていた。8階でエレベータを降りて内側から建物を見ると、いくつもの棟がひしめくように建ち重なっている。住居の窓からはたくさんの物干し竿がビルの内側に向かって無造作に突き出ていた。廊下に置いてあったポリバケツからはゴミが山のように溢れていた。そんな光景を見て俺はわくわくしてきた。

写真看板も何も出ていない扉を開けると、中には細い廊下があり、両脇にいくつものドアが並んでいた。ドアの間隔が異常に近い。それもそのはず、荷物を置いたらベッド以外には座るスペースもないほどの部屋だった。泣きそうな顔で立ち尽くしているくみに、「これもいい経験だよ」と訳の分からないフォローを入れてみた。

夕飯を食べようと外に出た。くみが入ろうと言ったのは、ネイザンロード沿いの旅行者向けっぽいレストランだった。きっと裏通りに入れば庶民が通う安くておいしい食堂や屋台がたくさんあるだろうに。だがくみは汚いところで食べることを嫌う。まだここは初日だ。くみの言うことを聞いておこう。

これから約1ヶ月の間、2人で旅をすることになる。くみを徐々にローカルでディープな世界へと引きずり込んでいかなければ。。。