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キャプテンコージの世界一周旅日記

ファラオの祟り・・・?【後編】

エジプト カイロ

地図目を覚ましたのは、ちょうど開門時間を少し過ぎた頃だったので、俺達は古墳から出て、一般の観光客に混ざってピラミッドやスフィンクスを見物していた。

すると突然、腹が痛くなった。大した痛みではなかったのだが、なんとなく嫌な予感がした俺は、少しでも早く宿に帰ろうと、ピラミッドを後にしてタクシーを捕まえた。それでもしっかり値切ってカイロまで二人で10ポンド。タクシーのおっさんは、他にも客を取ろうと右車線をノロノロと走る。「他の客なんか探さずに飛ばしてくれよ」「オーケーオーケー、ノープロブレム」そう言いながら、やはりゆっくりと走る。

イライラすると腹に悪いので、気を落ち着かせて、何も考えないようにした。途中から渋滞になり、車が進まなくなった。

「これで10ポンドじゃ割に合わない。20ポンドにしてくれ」
「ふざけんな、10ポンドって言っただろ」
「じゃあ、15でどうだ」
「(コノヤロー・・)」

いつもの喧嘩のパターンだが、腹が本格的に痛くなってきたので、無視して眠ったふりをした。ようやく宿につき、「これだけ時間がかかったから30ポンドだ」と叫ぶおっさんに10ポンドだけ渡して、宿のトイレに向かった。軽い下痢だった。少し寒気もしてきたので、そのままベッドに入り昼寝をした。

写真そして次に目を覚ました時、俺は布団の中で丸くなり、体中をガタガタ震わせていた。今まで経験した事もない程の悪寒。うなり声を我慢する事も出来ない。その声を聞いて、他の宿泊客達がやって来た。俺のオデコがあまりに熱いので驚き、あわてて体温計を持ってきてくれた。計ってみると、41度2分!宿中が大騒ぎになった。

病院に連れて行こうと言う人もいたが、エジプトの病院なんか行きたくなかったし、保険にも入ってなかった俺はそれを拒み、とりあえず応急措置を取ろうという事になった。出来る限りの厚着をし、毛布を3枚かけ、両脇と股間に冷たい水を入れたビニール袋を挟み、ドイツ人が持っていた訳の分からない薬を飲み、宿の管理人アブドが入れてくれた熱いレモンティーを飲んで、さらにレモンをかじる。そうこうしている内に、次第に熱は下がり、俺も他の人たちも落ち着きを取り戻した。

だが、夜になって状態はさらに悪化した。再び超高熱が出て、下痢もひどくなり頻繁にトイレに立つようになった。同時に吐き気も襲ってきた。そのうち意識も朦朧としてきて、体を起こすだけで視界がぐるぐる回る。周りではマラリアじゃないかとか、ファラオの祟りじゃないかとか騒いでいる。そう言えばどこかで聞いたことがある。古墳のような所に入ると祟りが起こる事があると。。。

いつの間にか、アブドが病院とタクシーの手配をしてくれていた。俺もこれはただ事ではないと思い、病院に行く覚悟を決めた。だが体が思うように動かない。何人かがかりで6階から階段で俺を担いで運び下ろし、ラオスで海外青年協力隊の経験があるという井川さんとアブドに付き添われてタクシーに乗った。

病院では、まず点滴を打って様子を見ようという事になった。右手の甲に点滴を打った瞬間、変な痛みがあったのでそれを言うと、心配するなと看護婦に言われた。点滴の効果か、いつの間にか眠ってしまったらしい。目が覚めると、少し楽になっていた。熱も大分下がっている。

写真だが、右手がおかしい。目をやると、なんと右手の甲が像の足みたいに腫れあがっているではないか!すぐに看護婦に言うと、「あら、ちょっとずれちゃったみたい」と笑いながら、左手に打ちかえる。医者もそれを見て笑った。アブドも井川さんも笑った。なんだか俺もようやくほっとして、皆と一緒に笑った。

夜が明ける前には点滴も終わり、薬を処方してもらって(腫れた右手の塗り薬の金も取られた!)宿に帰る事が出来た。その後、熱は一日で治まり、下痢も三日程で治った。結局原因はよくわからなかったのだが、前日の登頂未遂後に古墳で眠った事と、俺のあの苦しみようを知る人達は、ファラオの祟りに違いないと話していた。

それにしても今回はアブドや井川さんを始め、本当に多くの人に助けられた。その他の旅行者達だけでなく、その日当番でなかった宿の管理人のおっさんや、同じビルの違う階にある宿の兄ちゃん達までが、俺を見る度に「大丈夫か?」と声をかけてくれた。

そして、日本を発つ前に感染症のコンサルテーションを受けた西澤先生には、処方された薬の調査やその飲み方、その後のケアの仕方など本当に丁寧にアドバイスを頂いた。

ファラオの祟りのおかげで、多くの人の親切に触れ、ピラミッド登頂よりも俺の心に染みる思い出を作る事が出来た。