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キャプテンコージの世界一周旅日記

コトパクシ【後編】

エクアドル コトパクシ

地図 1時間程登ると、辺りは雪と氷だけの真っ白な斜面になった。俺達はアイゼンをブーツに装着し、また登りはじめた。所々クレバス(氷河の溝)を飛び越えて進む。ヘッドライトの光はクレバスの底まで照らすことはできず、一体どれくらいの深さかは検討がつかない。だが間違いなく、足を踏み外したら大変なことになるだろう。

写真次第に斜面がきつくなってきた。雪の斜面では踏み出す足の膝くらいまで埋まってしまい、足取りが重くなる。氷の斜面ではアイゼンをしっかり噛ませないと足を滑らせてしまうため、一歩一歩慎重に登る。万が一俺が滑り落ちたときのために、フェルナンドはロープで自分の体と俺の体をしっかりと繋いだ。

高山病の症状はあれ以来出ていなかったのだが、さらに薄くなっている空気と睡眠不足のせいか、息も切れやすく、疲労も激しくなってきた。思うように足が前に進まない。時には両手と両膝を付き、這うように登る。

気温もぐんぐん下がってきている。登山用のブーツを履いているにも関わらず、足が痛いほど冷たくなる。だが休憩を取らないわけにはいかない。20分も登れば全く足が上がらなくなってしまうのだ。もう動けないという状態になれば休憩し、足の痛みに我慢できなくなればまた登り始めるということの繰り返しだ。

写真そのうち、休憩を取ってもなかなか体力が回復しなくなってきた。フェルナンドは何度か「もう山小屋に引き返した方がいい」と言ってきたが、その度に俺は登頂すると言い張って登り続けた。

だんだんと夜明けが近づいてきた。ほんのりと空の色と星の光が薄くなってきている。随分と下の方に雲が広がっているのが見える。「今標高どれくらい?」「5600mを越えたあたりだな」「よし、後300mもない、頑張ろう!」とは言ったものの、体力の限界が近付いてきているのは分かっていた。下山する力も残しておかなければならない。だが、俺は行けるところまで行くつもりだった。俺達はさらに登り続けた。

途中から、もう何も考えることもできなくなっていた。ただただ無心で登るだけだ。足先の感覚は既になくなっている。ふと足を止め、大分近くなった頂上を見上げていた時、突然空が明るさを増した。太陽が昇ったのだ。東の空、上下に広がる雲と雲の間に濃いオレンジ色の朝焼けを作り、俺の足元の雲にまで光が伸びている。

写真午前7時少し前、2004年の初日の出だった。空は次第に濃紺から青へと色を変えていく。朝焼けの色も徐々に薄く、だが同時に範囲は広がっていく。

北の方向の雲から頂上を覗かせているカヤンベ山の東側の斜面がオレンジ色に染まっている。西側の雲の上にもいくつかの5,6000m級の山の頂上が見える。雲は、果てしなく、果てしなく、広がっている。

結局、朝焼けがなくなるまでその場で空を眺めてから山を下りた。後もう少しのところに頂上が見えながらも登頂できなかったのは悔しかったが、不思議なまでの達成感があった。

昼過ぎにキトに帰ると、30度を越える真夏日だった。コトパクシ山頂近くの気温は約マイナス20度。数時間のうちの気温差50度と極度の疲労のせいか、その日の夕方俺は熱を出してしまった。

逆にジェラルドはキトに戻った瞬間に高山病は治ってしまい元気モリモリ。飲みに行こうとしつこく俺を誘ってきた。全く調子のいい奴だ。もちろん俺は断って、次の日の昼過ぎまで泥のように眠った。