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キャプテンコージの世界一周旅日記

美人女医にはご用心!

チリ プエルト・モン、サンチアゴ

地図パタゴニア南部で大自然を満喫したジェラルドと俺は、チリ側北部パタゴニアのプエルト・モンという港町を目指すことにした。カラファテからはそのまま北へ向かう道はないため、一度南下してリオ・ガリェゴスという街まで小さなマイクロバスで行き、そこから大西洋側の海岸線を夜行バスで北上する。

写真次の日の早朝、バスの中で目を覚ました俺は、窓の外に広がる景色に驚かされた。水平線から太陽が昇ろうとしているときだった。真っ黒な海面の上に雲が広がっており、東の空が明るくなると同時に雲も赤くなってきた。すると見る見るうちに朝焼けが陸の方向へと伸びてきて、空一面が真っ赤になってしまったのだ。まさに息を飲むような光景だった。

朝のうちにコモドロ・リバダビアという小さな街に着いた。ここでまたバスを乗り換えて西に向かうのだが、次のバスまで14時間もある。その街はLonely Planet(世界的に最もポピュラーなガイドブック)で“見るべきものは何もない”“醜いカテドラルが1つあるだけ”と紹介されていた。冗談でも誇張でもなく、本当に”ugly cathedral”とはっきり書かれているのだ。普通キリスト教圏では、カテドラルと言えば街の象徴であり、人々の誇りである。ガイドブックに“醜い”とまで言われるカテドラルって一体どんなの?と逆に興味をそそられて見に行った。なるほど醜いカテドラルだった。さらに他に見るべきものは何もなく、俺達は10時間ほどプールバーで過ごし、ラムを1本空けてからまた夜行バスに乗った。

写真次の日の昼にバリローチェという街に着いた。ここは“南米のスイス”とも呼ばれるとても景色のいいところで、トレッキングやスキーなどのアクティビティもいろいろとあるリゾート地なのだが、俺達はすぐやってきたバスに乗り込み、チリとの国境を越え、その日のうちにプエルト・モンに着いた。カラファテから乗り継ぎ3回、計55時間の移動だった。

プエルト・モンに来た目的はただ1つ。シーフードだ。市街地からほど近いアンヘルモという漁港には、新鮮な魚介類を店先に並べている食堂が軒を連ねていた。肉を食することが多いチリの中で、ここでは生の魚介を食べることができるのだ。俺達はキッコーマンの醤油を置いている店を探して入り、カニ、ウニ、アワビ、その他地元の貝のテンコ盛りを食べた。夜は奮発してレストランで白身魚のムニエルを食べた。思い返せば、南米に入ってからの4ヶ月以上、ずーっと肉肉肉ばかりの食事だった。俺はここぞとばかりにシーフードを満喫した。幸せだった。

その次の日の夜行バスで俺達はサンチアゴに入った。そしてその日の午後、突然激しい腹痛と悪寒が俺を襲った。やられた、貝だ。食中毒だった。しばらく経っても一向に収まらないどころかひどくなる一方だったので、ジェラルドに病院に連れて行ってもらった。

タクシーが着いたのは公立病院。歩くこともままならない俺を車椅子に乗せ、救急病棟を探してジェラルドは走りまくる。聞く人聞く人違うことを言うのだが、その都度その方向に車椅子を押して走る。ようやく救急病棟に辿り着き、隣で順番待ちをしている人に聞くともう4時間も待っていると言う。これじゃあいつ診てもらえるか分からない。俺達はその病院を出た。

次に行ったのは立派な大学病院だった。ここは全てがきちんとしていた。ほとんど待たずにすぐ診てもらうことができた。しかもめちゃめちゃ綺麗で色っぽい女医さんに!
「ここは痛む?ここは?ここは?」
と笑顔で腹を触られる。俺も苦しいくせに自然と笑顔になってしまう。
「あ、痛い。先生痛い。そこじゃない、あー、そこそこ」

診察が終わり、点滴を始めた。次第に楽になってきた。ちょくちょく先生は俺の様子を見に来てくれる。その度にいろいろと話をするのだが、やけに俺との距離が近い。ラテンの人種はアジア人や白人に比べて人との距離が近いと言われるが、先生は近すぎるくらいに近い。顔をじじっと寄せ、俺の目の奥を覗き込むようにして話す。それによく俺の腕などに手を置いて話したりもする。優しく微笑みながら。まるで恋人と話すように。

写真そろそろ点滴が終わるという時、先生がやってきてこう言った。
「今日は大事をとって病院に泊まっていった方がいいわ」
やはり俺の目の奥を覗きながら、俺の腕に自分の手をそっと置き、優しく、笑顔で。。。

ただの食中毒、しかもすでに症状は大分治まってきている。入院するほどのことではないはずだ。じゃあ何故泊まっていけと言うんだ?病院の営業か?いや、こんな立派な大学病院でそんなことするとは思えない。だとしたら、まさか、、、まじでぇ???

「せ、先生は、今晩、当直ですか?」

と聞こうとしたが、その前に「入院は1泊おいくらですか?」と聞いてみた。約100ドルとのことだった。今俺が泊まっている宿は5ドルだ。俺は「点滴が終わったら帰ります」と言った。

「いいのか?本当にいいのか?後で後悔するぞ!」と俺以上にすっかり勘違いしているジェラルドをなだめ、俺達は宿に帰った。夜になってもジェラルドは思い出す度に「俺が代わりに入院したかったよ」と呟いていた。