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キャプテンコージの世界一周旅日記

アンコール

地図カンボジア シェムリアップ

ベトナムのホーチミンからカンボジアのシェムリアップに飛んだ。あらゆる乗り物が密集してもの凄いスピードで走りまくっているベトナムと比べると、ここはまるで別世界だった。タクシーでさえ驚くほどゆっくりと走っている。カンボジア随一の観光地であるはずなのに、シェムリアップは穏やかな街だった。

俺はてっきりアンコール遺跡というのはアンコール・ワットのことだと思っていた。だがアンコール遺跡とは、カンボジア西部に点在するいくつもの遺跡群であり、アンコール・ワットはその中の一つの遺跡のことだった。こんな最低常識だけガイドブックで勉強し、俺達はアンコール遺跡群観光を始めた。

まずは最も大きいアンコール・トムへ。ここは一辺3kmの正方形の形をした、巨大な遺跡だ。南大門にかかる橋では、綱引きのように大蛇の胴体を抱えている巨像が左右54体ずつ並んでいる。(写真左)その先の門の上では四面像が微笑をたたえて観光客達を呑み込んでいる。いきなりの凄い世界に俺は度肝を抜かれた。

写真

南大門から中央に進むと、巨大な寺院、バイヨンがある。 寺院を取り囲む二重の回廊には、当時の人々の生活、数々の戦闘、神や王の伝説などのレリーフが刻まれている。(写真中)巨大な寺院には巨大な観世音菩薩の四面像が林立していた。(写真右)これだけ巨大、巨大のスケールと、醸し出される厳かな雰囲気の中で、四面像の穏やかな表情のおかげだろうか、優しさに包まれているような、不思議と落ち着いた気持ちになった。

写真バイヨンから像のテラス、王のテラスなどを見てから、昼食を取ることにした。「おにいさーん!」「おねえさーん!」と食堂の呼び込みや物売りが寄ってくる。国や地域によって外国人の呼び方やメジャーな日本語も異なるが、ここアンコールでは誰もが「おにいさん」「おねえさん」と呼びかけて来る。

俺達は一人の幼い女の子に手を引かれ、その子の家族が営む食堂で昼食を取った。隣のテーブルでその子は母親から注文の取り方、飲み物の勧め方、例え客が水を持っていたとしてもさらに飲み物を買わせるやり方、例え全く興味がなくてもなんとかして土産物を買わせるやり方などを教わっては、俺達のところにやって来てそれを実践していた。

その後いくつかの遺跡を見物した後、タ・プローム寺院に着いた。この寺院は完全に自然に支配されていた。建物が、ガジュマルの巨木の根に覆われてしまっているのだ。あちこちの回廊や壁は根の力で崩壊していた。

アンコール・ワットにやってきた。西側の長い表参道からアンコール・ワットの荘厳な佇まいを見ると、自然と背筋がピンと伸びるような感覚を覚えた。何かもの凄い大きな力、エネルギー、優しさを放っているような気がしたのだ。

寺院の中は観光客で溢れていた。これだけ人がたくさんいると、せっかくの素晴らしい建造物や雰囲気が色褪せてしまうことがよくあるが、アンコール・ワットはそんなことでは全く動じない力強さを持っていた。多くの観光客に混じって、参拝に来ている信者やオレンジ色の袈裟を着た僧侶も多かった。そう、ここは仏教徒にとっては特別な場所、聖地なのだ。同じ空間にいるのだが、彼等のいる場所は俺達観光客のいる所とは全く別の世界のように感じられた。

写真

アンコール・ワットを出て、ワット・プノンの丘に登った。頂上からは辺りが一望できた。そこから見ると、アンコール遺跡群がジャングルの奥深くに存在することを実感できた。暗いモノトーン色の遺跡であるアンコール・ワットが、ジャングルの中で輝いているように思えた。

写真数日後、俺達はシェムリアップを発ち、タイへと向かった。国境までは森や草原や田畑の中を伸びる一本道だった。走るバスの窓から外を眺めていると、炎天下の下をとぼとぼと歩く僧侶の姿や、時折現れる小さな村でお布施を受ける僧侶の姿を見かけた。ふと、四面像の穏やかな表情、仏像に向かって祈る信者や僧侶の静かな姿、ジャングルの中で見たアンコール・ワットの輝きなどが俺の頭の中を巡った。

旅をしていると、宗教というものに触れる機会が多い。宗教的な美術館や建造物だけでなく、人々の祈る姿にもよく出会う。教会やモスクの中で、銅像や聖地に向かって、川に浸かって、人々は自分の信じる何かに祈る。その姿は、強く、美しい。

俺は冠婚葬祭の時だけ仏教徒になるような、信じるものを持たない人間だ。そして恐らく今後の人生でも何か宗教的なものを信じることはないだろう。だからだろうか、人の祈る姿に惹かれてしまうのは。