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キャプテンコージの世界一周旅日記

Deep Sao Paulo

ブラジル サンパウロ

地図~歓楽街~
サンパウロ中心部のヘパブリカ広場の近くに大きな歓楽街があり、飲み屋や風俗店がびっしり連なっていた。歌舞伎町を100倍怪しげにしたような感じだ。俺は同じ宿の連中とよくそこのエリアに飲みに行っていた。

そこではどこの店の前にも用心棒兼呼び込みの兄ちゃん達がいた。ほぼ全員がボブ・サップのような巨漢の黒人だ。もちろん顔も半端なく恐く、迫力満点だ。タクシーを降りた俺達に気付くと、その兄ちゃん達は「オイッ!(英語で言う“Hi”)」と重低音の声で呼び、手招きをしながらこっちに寄って来る。

想像して欲しい。世界で最も治安の悪い街の一つであるサンパウロの歓楽街で、巨大な強面の黒人が「オイッ!」と言いながら近寄ってくるのだ。普通ならしょんべんをちびってもおかしくない光景かもしれない。だがすっかり馴染みとなった俺達にとってみれば気さくな兄ちゃん達だ。俺達も「オイッ!タボン?(調子はどうだい?)」と答え、グローブのような手と握手をする。

「ああ、サンパウロは俺の街だ」と感じるひと時だった。

~カラオケパブ~
リベルダージ地区の外れに、大きなカラオケパブがあった。初めて行ったときにボトルをサービスしてもらったこともあり、宿の連中と気がむけば遊びに行くようになった。

客の構成は、日系人を含む東洋人、ブラジル人、その他国籍不明の人達がほどよい割合になっていた。謎はいつもたくさんいる女の子達だった。もちろん普通に飲んで歌いに来ている客もいる。ホステスもいる。客を取ろうとしている売春婦もいる。中には普通の客と思わせておいて、実はサクラなんじゃないかという子(何のサクラだかは不明だが)もいる。とにかく、場末の雰囲気にも関わらず、いつ行っても客の入りはなかなかだった。

細長い長方形のフロアの一番奥にはステージがあり、そこにはカラオケの機械操作兼MC担当のおじさんがいた。客が歌いたい曲と自分の名前を紙に書いてボーイに渡すと、それがステージのおじさんに渡され、前の曲が終わるとそのおじさんが「さあ、続いて○○さんに歌っていただきましょう!曲は、××でーす!!」と拙い日本語のMCを入れてから曲がスタートするのだ。

名前を呼ばれた人は「俺だよ俺だよー」みたいな感じでステージに向かい、歌い始める。普通のカラオケパブのように、それを聞いている人もいれば構わず飲んだり話したりしている人もいるのだが、好きな曲がかかった時の盛り上がり方が半端ではない。手拍子をし、一緒に歌い、立ち上がり、さらには踊り出す。

写真日本の歌もとても人気があった。最も人気があったのは、マッチの“夕焼けの歌”だ。この曲は特に女の子達に大人気だった。前奏が始まっただけで皆「キャー!」と言って立ち上がる。そして声を揃えて歌い始める。さびの部分では決まったように両手を大きく広げてゆらゆら揺れながら、大合唱が起こるのだ。客も、ホステスも、売春婦も、売春婦を買いに来ているおじさんも、皆が皆楽しそうに歌っている。

自分が歌う時もとても気持ちいい。MC付きのステージ上で歌うことだけでも気持ちがいいのだが、客の反応がいいのだ何よりいい。皆が好きなメジャーな曲を選べば一緒に歌ってくれるし、ノリのいい曲では踊ってくれる。バラードを歌えばなんとチークタイムになってしまうのだ。

果たしてカラオケ発祥の地の日本で、これほど楽しいカラオケパブが存在するだろうか。ごちゃごちゃの人達が一緒に歌い、踊り、盛り上がる。ブラジル、いや、ここ日本とブラジルが混ざり合ったサンパウロならではではないだろうか。
(写真は熱唱するホステス達)

~ヒッピー~
ヘパブリカ広場には毎日朝から晩までたくさんの露店が出ている。俺はよくこのヘパブリカ広場にも遊びに行った。ココナッツを食べたり、ジュースを飲んだり、アクセサリーやTシャツを買ったりしながらぶらぶらしていた。

アクセサリーを路上に敷いた布に並べて売っているのは大半がヒッピー達だ。何度か通っているうちに彼等とはなんとなく顔見知りとなり、言葉を交わすようになった。彼等はいわゆるアジアなどでよく見かける白人のヒッピー達とはどこか違うような気がする。とても“自然”なのだ。

ヒッピーとはそもそも“自然”な人達だ。文明社会を嫌ってそこから逃げ出し、ナチュラルな生活を追求する。だが、現代の白人ヒッピー@アジアは、ヒッピーというスタイルに憧れ、ファッションのような感覚でヒッピーをやっていることが多いような気がする。ヒッピーの教科書通りの服装をし、髪型は決まってドレッドかスキンヘッドで、大量のマリファナを吸う。そして彼等の多くは旅の間にヒッピー体験をするのであって、母国へ帰れば本来の日常が待っているのだ。

それと比べてヘパブリカ広場にいるヒッピー達はほぼ全員が地元ブラジル人であり、それがファッションでも旅でも何でもなく、彼等の生活のスタイルなのだ。きっと彼等は自分達のことをヒッピーだとは思っていないだろう。ただ単に、自然に生きているだけだと言うのだろう。彼等の多くは広場に勝手にテントを張り、そこで暮らしている。ファミリーも少なくない。

ある日俺がネックレスを買ったお母さんヒッピーは、赤ちゃんヒッピーにおっぱいをあげながら俺に商品を渡した。すぐ後ろのテントの横ではお父さんヒッピーがたばこを吸っていた。「まあ吸えよ」と言って一本くれたので一緒に吸った。

「テントじゃ寒くない?」と聞くと、「冬になったらサルバドール(ブラジル北部の暖かい海沿いの街)にでも行くさ」と答えた。彼等はジャングルなどで拾ってきた材料でアクセサリーを作り、それを売った金で食料を買う。宿はテントで移動はヒッチハイクだから他に金はかからない。

彼等のスタイルは少し羨ましくも感じるが、赤ちゃんヒッピーの行く末が気がかりだ。学校には行けるのだろうか。そもそも戸籍はあるのだろうか。まあそんなこと親も心配してなさそうだから、俺が心配することでもないか。