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キャプテンコージの世界一周旅日記

ラグーナ・コロラダ

ボリビア ウユニ 

地図パラグアイに行くのを諦めた俺は、今度はチリに行くことにした。ここボリビアのウユニ塩湖から、チリ北部のアタカマ砂漠へと抜けるツアーがある。それに参加して、チリに行こう。チリに行って、おいしい魚を食べよう。

同じジープに乗り合わせたのは、イギリス人の夫婦、ドイツ人の女の子、フランス人のおじいちゃん2人だった。比較的おとなしい感じの人ばかりだった。たまにこういうツアーに参加するときというのは、夜のパーティが大きな楽しみになるのだが、それはあまり期待できそうもないメンツだった。

写真まず前回と同じようにウユニ塩湖を突っ切って魚の島へ。そこから更に南下して塩湖を抜け、サン・ホアンという小さな村に着いた。ここが初日の宿泊地だ。夕食までは随分と時間があったので、俺はドイツ人のマライケと散歩に出かけた。村はずれに天然の岩をそのまま利用した墳墓群があった。中を覗いてみると、人間の白骨が転がっていた。

ここはすでに標高4000mを越えている。これだけの高地で生息する草木もあるが、どれもみずみずしさはなく、緑も薄い。そしてこのあたり一帯は小石まじりの砂地が広がり、荒涼としている。そこに無数の墳墓があり、中には白骨がごろごろしている。そのとき、太陽が沈んだ。なんだか全てが命を失ってしまうような気分になった。

宿に戻って皆で夕食をとった。フランス人コンビのうちの1人、ビラントは少しだけスペイン語が話せる。もう1人のクリスチャンはフランス語だけ。イギリス人夫婦の奥さん、クレアは片言のフランス語が話せる。夫のファイサルは英語のみ。マライケは英語は苦手だがスペイン語はまあまあ。そして俺は英語はそれほど問題ないがスペイン語はまだまだ。こんな具合にそれぞれ話せる言語がバラバラだったので、常に何らかの通訳、それもかなりお粗末な通訳をいろいろな人がやりながらの会話だった。

写真お互い母国語しか話せないファイサルとクリスチャンが話すときなどは大変だった。まずファイサルの英語をクレアがフランス語でトライ。だめなら俺がスペイン語でビラントに、さらにだめなら俺が英語とスペイン語を交えてマライケに説明し、マライケがスペイン語でビラントに、それをビラントがフランス語でクリスチャンにというように伝達しなければならなかった。だがこれが、何気ない会話でもとても楽しいものにしてくれた。

ビラントとクリスチャンは定年退職した後、2人で世界を回っているのだという。職場が同じで、昔からの大親友だったらしい。2人して豪快に笑う姿がいかにも仲良さそうで微笑ましい。ファイサルとクレアは医者夫婦だった。ファイサルはムスリムのバングラディッシュ系イギリス人だ。クレアはファイサルと結婚するに及んでキリスト教からイスラム教への改宗をしたらしい。マライケは看護婦だ。ここ数ヶ月はエクアドルの病院でボランティアをしていたという。

おじいちゃん2人は夕食が終わってしばらくすると、さっさと部屋に寝に帰ってしまった。まだ9時前だったので、俺がウユニの街で買っておいたコニャックを持ってくると、残りの3人が大喜びをした。「ファイサルとクレアはムスリムなんだから酒はだめだろ」と俺が言うと、「とんでもない。今日は特に飲みたかったんだ。おおー、コウジが神に見えるよ」と大げさなことをファイサルが言った。ファイサルが神というんだから、俺はアッラーなのか?

写真ファイサルとクレアは2年前に結婚した時、2人して酒を止めたらしい。立派なムスリムになろうと決めたのだろう。だがその後1年間は何かとストレスが溜まり、2人の関係も悪くなった。1年後にお互い禁酒を解禁したところ、それ以来夫婦喧嘩もなく実にうまくいっていると言う。そんな言い訳はいいから、飲みたいなら飲もうよ。

次の日はいくつかの湖を訪れつつのドライブとなった。ラグーナ・エディオンダではフラミンゴの大群を目の前で見ることができた。砂漠の真ん中に、キノコのような巨大な岩があった。ラグーナ・コロラダでは、赤い水と青い水がグラデーションを作っていた。

その日の宿泊地は、コロラダ湖畔にある宿だった。そこは俺達だけでなく、他に何台かのジープも泊まっていた。ホステルの前を1人で歩いていると、ポトシからのバスで一緒だったスイス人の女の子が声をかけてきた。

「そっちのグループはどう?」
「うん、楽しいよ。そっちは?」
「こっちも楽しいわよ」
「じゃあ今夜一緒にパーティでもできたらいいね」
「そうね」

と、軽く社交辞令っぽい会話を交わした。

そこは標高が4300m以上もあり、夜になると気温は氷点下となる。宿にはロビーや食堂はなく、それぞれの部屋で食事を取るようになっていた。そして各ジープにそれぞれ1部屋が割り当てられているような状態だった。他に移動したくても場所もないし外は寒すぎて出る気にもならない。要するに、その部屋しか居場所がないのだ。

写真寒くて長い夜は飲むしかない。ファイサルと俺は今夜も飲む気満々だった。だが皆で1部屋だ。おじいちゃん達が早く寝てしまうと、その隣で騒ぐのも気が引ける。だが、「そのくらい大丈夫さ。俺が2人に言ってみるよ」とファイサルは言っていた。

昨晩のように全くスムーズにいかないがとても愉快な会話をしながら食事を済ませると、おじいちゃん2人は早々と寝支度を整え始めた。声を掛けようとしたファイサルは戸惑っている。「やっぱり無理だ。もう今夜は諦めるか」と小声で話していたその時、突然部屋のドアが開いた。

「ハロー!調子はどう?!」入ってきたのはさっき話したスイス人の女の子と、同じジープの連中だった。その子は瞬時に俺達の状況を察し、機転を利かせて「もう寝る人がいるんだったら私達の部屋に飲みに来ない?」と言った。

なんというタイミングだ!俺達は大興奮だった。誘いに来た連中も俺達の説明を聞いて大笑いしていた。そのグループもスイス、イギリス、ドイツ、ノルウェー、フランス、イスラエルと多様な国籍で、その日のパーティも大いに盛り上がった。

3日目、地表からたくさんの煙が噴き出している間欠泉群に寄ってから、風が吹くと水が緑色に変化するラグーナ・ベルデを訪れた。たまたま昨日一緒に飲んだ連中のジープもここでまた合流した。ツアーはここから引き返してまたウユニに戻る。だが俺だけはこの近くのチリとの国境までジープで送ってもらうことになっていた。せっかくたくさん友達ができたのに、また1人になってしまう。このまま皆とウユニに引き返したくなったが、それじゃあまた前に進めなくなる。俺は皆に別れを告げて1人国境へと向かった。