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キャプテンコージの世界一周旅日記

いざ、パラグアイ?

ボリビア スクレ、サンタクルス、ポトシ、ウユニ

地図ウユニで八幡メンツと別れた俺は、パラグアイに行くことにした。「何もない国」「南米のど田舎」などと言われるパラグアイには特に興味のあるものはない。だがここ最近ずっと観光地を回っていたせいか、その何もないところに行ってみたくなったのだ。

ウユニからパラグアイに抜けるルートを調べてみたが、どれも大回りでいいルートがない。だが地図で見る限り、ここから西へ行ったスクレからさらに西のパラグアイへと道らしき線がある。ということはそこには国境があるはずだ。

バス会社のおじさん曰く、ここからポトシに行けば、ポトシのバスターミナルではスクレ行きのミニバスが待機しているはずだということだったので、俺はまずポトシに向かうことにした。

南米ではどこに行ってもバスは満員だ。長距離バスも座席指定のくせに満席以上のことが多い。今回も満席の上にインディヘナのおばちゃんとその子供が何組か通路に座り込んでいた。これもいつものことだ。そして平気で人の足に寄りかかって眠ってしまうのもいつものことだ。

標高3660mのウユニから4070mのポトシ(世界一標高の高い都市)へ砂漠地帯を抜けて走る夜行バスは、とにかく冷える。もちろん暖房なんてない。さらにボリビアは超悪路で有名である。常にロデオに乗っているような状態でバスは走っている。この寒さと振動は、俺の膀胱を常に刺激し続けた。途中1度だけ休憩でバスが停まった。小さな食堂の前だった。その食堂にはトイレがなかった。そして他のどこにもトイレはなかった。満点の星空の下、乗客達は皆思い思いの場所で思い思いの用事を済ませた。

ポトシに着いたのは朝の4時前だった。まだ夏の終わりだが、ここは富士山の頂上よりも高い。凍えそうなくらいに寒い。ポトシのバスターミナルはとてもターミナルと言えるものではなく、空き地にバスが停まっているだけのものだった。暖を取る場所もない。だがウユニのバス会社のおじさんが言っていた通り、「スークレスークレスークレ」という呼び声が聞こえてきたので、俺はそのバスに飛び乗った。

スクレには日の出と共に着いた。早速パラグアイ行きの直行バスを調べてみると、、、ない。パラグアイとの国境の街行きのバスを調べてみると、、、これもない。おいおい、本当にないのか?インフォメーションのお姉ちゃんに聞いてみると、、、やっぱりなかった。だがサンタクルスからパラグアイ行きのバスが出ていると教えてもらった。サンタクルス行きのバスは、、、夕方までない。サンタクルスまでは、、、約30時間!もうやってられるか!!!

俺はそのままタクシーに乗って市街地の広場へと向かい、とりあえずベンチに座った。さて、どうしたものか。まだ食堂も空いていない。凍えそうなほどの寒さの上、俺は腹ぺこだった。ちょうどそこへ俺の大好物、エンパナーダ(南米でよくある惣菜パン)売りの少年がやってきた。2つ頼んで10ボリビアーノ札で払おうとすると、お釣りがないと言われた。小銭は1ボリビアーノ(約15円)しかもっていない。するとその少年は1ボリで2つのエンパナーダをくれた。ウユニでは1つ2ボリだった。焼きたてのエンパナーダはこの上なくうまかった。

9時ごろになると、広場周辺の旅行代理店が開き出した。試しに俺はサンタクルスまでの航空運賃を聞いてみた。片道約150ドルだった。飛行機での移動なんてもったいないが、ボリビアの悪路をバスで30時間走ることを考えると、心が揺れた。もっと安いチケットはないかと聞くと、ラパス経由で往復だと約100ドルだと言う。片道が150ドルなのに、往復だと100ドルになるというのだ。しかも出発は2時間後、今からタクシーに乗って空港に行けば間に合うという。なんだか凄くお得な気がして、俺はその場でその往復航空券を買ってタクシーに乗った。帰りのチケットは捨てればいいだけだ。

スクレからラパスまでは6000m級のアンデスを眺めながらの空の旅となった。これほどの絶景はそう見ることができない。雪を頂いた山の頂上が雲の上に連なっている。美しいというよりも、ど迫力の光景だ。これはいい写真が撮れそうだ。バッグからデジカメを取り出し、スイッチを入れた。すると画面には「メディアが入っていません」というメッセージが。まさか。。。

ない!どこを探してもデジカメのメディアがない!!!最後に見たのは、、、ウユニのネットカフェで写真をCDに焼いたときだ。まさか、あそこに忘れてきたのか?そうかもしれない。いや、そうとしか考えられない。どうしよう。ないものはない。買うしかない。焼いたCDは持っている。失うのはメディアだけだ。

サンタクルスは、これまでのボリビアとは全く別世界だった。標高は約400mで、アマゾンジャングルまではすぐ近く。気温は30度を超え、湿度も高い。緑も豊かだ。しかもこれまで途中リマを除いてキトから数ヶ月もずっと標高3000~4000mの高地にいた俺は元気もりもりになっていた。なんて素晴らしい街なんだー!サンタクルスー!

だが、俺はデジカメのメディアを探さなくてはならない。片っ端から電気屋やカメラ屋を当たったが、どこにもない。だがデジカメを買うなんていう選択肢はない。日本よりはるかに物価は安いが、デジカメは日本よりも高い。そうだ、そういえば、スクレまでの航空券はまだ捨ててはいない。俺はウユニに戻ることに決めた。

2日後、俺は来たのと全く同じルートでウユニに向かった。サンタクルスからラパス経由でスクレに飛び、ポトシまでバスで行き、ポトシで一泊してウユニ行きのバスに乗った。こんなあっさり書いているが、その頃の俺のテンションは最悪である。苦労してようやくパラグアイに入れると思っていたら、自分のうっかりのせいでまたウユニに戻ることになってしまったのだ。

ポトシからのバスには、久しぶりに何人かの外国人旅行者が乗り合わせていた。かわいい2人組のスイス人がいて、俺のテンションは上がりつつあった。逆に俺の隣に座っていたオランダ人の男は、ずっとテンションが低かった。ポトシまでのバスの旅が散々だったらしい。なんと途中でバスが横転し、下になったサイドの窓際に座っていたそいつは横転したまま走るバスの中、割れた窓に手をついてしまったため、右手が血だらけになってしまった。何人かは病院に運ばれ、残った軽傷の人たちは皆次のバスにすし詰め状態にされてポトシまで行ったのだという。そいつはウユニまでの7時間、バスの中でずっと椅子の下の鉄枠を力強く握り締め続けていた。たまに飛行機でそういう人はいるが、バスでそんなのを見たのは初めてだ。ウユニに着いたときにはもう疲れ果てている様子だった。

バスがウユニに着くと、俺は即行でネットカフェに向かった。俺の顔を見るなり、カフェのおばちゃんは俺のコンパクトフラッシュを出してくれた。これでウユニまで戻ってきた甲斐があった。

だがもう同じ道を行くのはこりごりだ。パラグアイは諦めよう。さて、今度こそどこに行こうか。