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キャプテンコージの世界一周旅日記

パタゴニア人

アルゼンチン カラファテ

地図フィッツロイからカラファテに戻った夜、ジェラルドとホステルのロビーで話していると、突然男がドアを開けて入ってきた。肌の色が異常なほどに白く、ブロンドの髪の毛はもじゃもじゃだ。年齢は検討が付かない。ほんのり半笑いで、目の焦点が合っていない。異様な雰囲気を漂わせている。無言のまま俺達の所にやってきて、右手を差し出す男。握手をすると、「ビールはないか?」と聞いてきた。

写真「ないよ」と俺が答えると、そいつはその場に座り込んでしゃべり始めた。ロレツが完全に回っておらず、スペイン語を話しているのだが何を言っているかよく聞き取れない。ジェラルドと俺はタバコを吸おうと言って2人でロビーから表へ出た。

「見たか?あいつの目」
「ああ、完全にストーン(大麻などで気持ちよくなっている状態)してるな」
「何者だろう」
「ここに泊まっている旅行者には見えないな」
「そこら辺のジャンキーが酒を探しに来たのかな」

そこへ男もやって来た。俺達がタバコを吸っている横でニコニコしながら立っている。ひょっとしたらただ単に仲間が欲しいだけなのかもしれない。

写真「ここに泊まってるの?」
「そうだよ」
「ここには何しに来たの?トレッキング?それとも氷河を見に?」
「何も。ただ吸うだけだよ」
「は?吸うだけ?」

そいつはニコニコしたまま財布の中から1本の太いジョイント(大麻を紙で巻いたもの)を取り出した。俺達は大笑いだ。

そいつは「ビールは好きか?外に飲みに行こう」と言い出した。やっぱり飲み仲間が欲しかったようだ。だが外はとんでもなく寒いし、こんな完全にキマっている奴と一緒だと警察に捕まるかもしれない。そいつの誘いを断って俺達はまたロビーに入った。

「ここでは本当に何もしないでただ吸ってるだけなの?」
「うん、今はバケーションだからね」

バケーションとか言っちゃってるが、どう見ても一生休みのような奴に見える。

写真「仕事は何をしてるの?」
「フォトグラファーさ」

へぇー。それは意外だ。

「どんな写真を撮るの?」
「自然だよ。パタゴニアの自然を撮るんだ。何故なら俺はパタゴニア人だから」

それまでへべれけだった奴が、”Soy Patagoniano(俺はパタゴニア人だ)”と言った時だけしゃきんと胸を張ったように見えた。パタゴニアーノとは初めて聞いた言葉だが、パタゴニア地方に元々住んでいた民族のことだろうか。もう原住民は絶滅していると聞いていたが、奴はその血を継いでいるということなのだろうか。俺はそいつにだんだんと興味が沸いて来た。

「どこに住んでるの?」
「ここから南へ200キロくらいの小さな村だよ」
「その村はアルゼンチン?それともチリ?」
「アルゼンチン?チリ?そんなことはどうでもいい。ここはパタゴニアなんだ」

写真パタゴニアとは、南米大陸の南部、南緯40度以南(“南”ばっかり!)の地域のことを言うのだが、現在パタゴニア地方はアルゼンチンとチリに分かれ、複雑な国境線が引かれている。それぞれ19世紀に入ってスペインから独立し、その後両国で国境紛争を行ってきた末の国境線だ。だが、そのずっと昔からこの地に住んでいるパタゴニアの原住民からしてみれば、国がどうの国境がどうのというのは最近の歴史であり、そもそも国家の概念など重要なことではないのかもしれない。そんなことよりもこいつはパタゴニア人であることに誇りを持っている。

「パタゴニアの自然は素晴らしいね」
「そうだろう。だけど最近は少し変わってきた。人がたくさん来るようになったし」
「旅行者が来ることはパタゴニアの人々にとってはあまり嬉しくない?」
「いや、旅行者は金を落としていくから大歓迎さ。えへへ」

すっかりこいつの見方が変わってしまった。最初は怪しいジャンキーかと思ったが、今では誇り高きパタゴニア人であり、クールな写真家だ。顔まで凛々しく見えてきた。

俺が感心していると、突然またへにゃへにゃの笑顔で「ビール飲みに行かないか?」と誘ってきた。やはりそればかりはやめておくと断ると、「そうか、じゃあ俺1人で行ってくるよ」と言って本当に1人で出て行ってしまった。

残されたジェラルドと俺は一瞬唖然としたが、その後は笑いが止まらなかった。おいおい、仲間が欲しかったんじゃないのか?結局ビールかよっ!いや、でも飲み仲間が欲しかったのは確かだろう。ただ、敢えて言うならば、仲間よりももっと欲しかったのはビールだったのだろう。

足元をふらつかせながら歩いていくパタゴニア人の後姿が妙に愛らしく見えた。